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ゴ ジラ×モ スラ×メカゴジラ
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機龍とは何だったのか(機龍を考える機龍を考える (つづき)
シナリオ決定稿を読みながらシリーズについてのやりとり(パート3についてパー ト4について


161  機龍を考える 殿様ギドラ  2003/12/28 07:02
  男性 41歳 O型 
 160番投稿のコクラさんへのレスで触れましたが、155番記事の下にずーっとレスがつくのも考え物なので、別スレ立てました。

機龍そのものについては、もう今回でおしまいのキャラなのでこれを詳しく論じてもゴジラ映画の未来にはあまり関係ないかもしれません。

んが、機龍の設定、その描かれ方というものを考えることで機龍シリーズのドラマを読み解くだけでなく、
映画の中で未来のテクノロジーを扱うためにはどうすればいいかという一般論にもつながってくると(無理矢理)こじつけましょう。

私自身の考えは、年明けに詳しくまとめたいと思っていますが、機龍について考えがある、なにか言っておきたいという方はこのスレをご利用ください。

私の考えを予告的にちょろっと書くと、まずはそのメカニズムの説明がなさ過ぎだったな、と。
そのくせまるっきり未知のテクノロジーとしてわからないままにするわけでもなく、
DNAコンピュータだの、電力供給の問題だのを織り込むことで墓穴を掘っていると思われます・・・・。
(SFをナメんなよ!)

(すいませんすいません。年末年始のばたばたに突入してきっちりと論証するような文章を書けなくなっています。できるだけここにはなにか書いていきたいと 思っていますが、しばらくはゴジラに関するよもやま話みたいなことしか書けないかもしれません)

193  Re:機龍を考える 殿様ギドラ  2004/01/06 18:13
  男性 41歳 O型 
 機龍がどのようなメカニズムを持っているのかを考え直すために、『ゴジラ×メカゴジラ』の機龍がらみのシーンを見直してみました。
これまでは科学的な正確さを求めても無駄であろうと思い、極力考えないようにしてきたことに留意して見てみたら、あまりの無茶苦茶さにめまいがしました。
では、昨年はあえて突っ込まなかった機龍についての考察に入ります。

まず、基礎知識として以下のページをご覧ください。

http://www.kazusa.or.jp/ja2003/dna/kiso.html

http://www.nanoelectronics.jp/kaitai/dnacom/index.htm

これでDNAおよびDNAコンピュータの概念がおおむね解るはずです。
(私は全部理解しているわけではない)

ここまでで、ゴジラのDNAを使ってDNAコンピュータを作るということ自体がナンセンスであることがわかると思います。
DNAに演算させるということは特定の生物の遺伝情報とは全く無関係です。
『ゴジラ×メカゴジラ』劇中で軽くDNAコンピュータの説明をするシーンがありましたが、これまたまったくのでたらめです。

同様に暴走した機龍を修理するためと称して、DNAの塩基を修飾塩基に変えることでゴジラのDNAではなくするというのも理解不能の説明です。
(「ゴジラのDNA」とは何を意味するのかが掴めていないと見ました)

これだけで『ゴジラ×メカゴジラ』のストーリー全体が崩壊してしまうわけですが、目をつぶって先へ進みましょう。

では、DNAコンピュータは機龍のどこに使われているのか?
ここでコクラさんにお詫びしなければなりません。
劇中、湯原のセリフとして「伝達システムにDNAコンピュータを使っている」と言わせていることを確認しました。
たしかに設定では「伝達システム」に使っているようです。
しかし、以前も述べましたが、伝達にコンピュータを使うとはどういうことなのかわかりません。
どなたかわかる方がいたら教えて欲しいです。

しかし、機龍が暴走したのはDNAコンピュータのせいなのですよね?
八景島で遠隔操作不能に陥ったとき、モニター画面にはMFS-3 OPERATING SYSTEM がエラーを起こしていると表示されているのです。
オペレーティングシステムにDNAコンピュータを使っているとも考えられるのです。
もちろん、オペレーティングシステムが初代ゴジラの意識を宿したのであれば「暴走」に説明がつきます。
(伝達システムにゴジラの意志が宿ったところで行動を起こすことは出来ないと思われるが?)

さて、機龍の中にそのまま初代ゴジラが入っているのか?
作品を見る限り否ですね。
湯原博士の研究室で、三葉虫のロボットを動かしていました。
そこでは、筋肉や神経にカブトガニのものを使っていると説明がありました。
(ここでもシステムにDNAコンピュータを使っているという意味不明の説明が・・・。システムって何のシステムなんだ?)
この三葉虫ロボットと同じ設計で機龍を作っているなら、ひょっとしたら機龍の中身はそのまま初代ゴジラか、とも思われますが、
機龍の駆動エネルギーは電気の形で供給されています。
電力を筋肉を動かすための生化学的エネルギーに変換するためには複雑な装置が必要でしょう。
関東一円が停電するほどの電力量を充電できるバッテリーがあるのですから強力な電気モーターで手足を動かす方が効率的では?
もしゴジラの筋肉を使いたいなら、ゴジラの内臓をそのまま利用した方が効率的です。
そして大脳の代わりになるオペレーティングシステムを組むのが賢いやり方ではないでしょうか?
そうすれば飯を食わすだけで、2時間以上ばりばり働いてくれるでしょう。

ところが機龍の場合、弾薬やロケットエンジンの推進剤を内部に格納しなければならないので、臓器があるとは考えられません。
演出を見ても、歩く機龍にモーターのうなりのような効果音がつけられています。
劇中から判断すれば、ゴジラの筋肉や神経を使っているとは思えません。
外部からの電力供給がなければ2時間で止まってしまいますし。(コンピュータのみにあれほどの大電力を使うとは思えない)

機龍に大脳はあるのか?
使いもしない臓器をわざわざ培養するとは思えないというのが簡単な答えですが、
たとえ頭部に大脳があったとしても、どこにもつながっていないと考えるのが妥当です。
機龍には、人間が機龍を操作するための「機械システム」(コンピュータその他)が搭載されているのですからゴジラの脳を接続する必要はまったくありませ ん。
神経(伝達系ですな)に接続されていない脳が何を考えても行動には表れません。

機龍にはどのぐらいの知恵があるのか?
知恵なんか全くないと思われます。
戦闘中に体を引き起こすのでさえ、人間の操作に頼っています。
判断力は皆無であると考えられます。
通常の機龍に意識めいたものがあるような描写はないのです。
(それにしても、暴走時、敵を敵として認識しているというセリフがあってこれまた変。もともとそんな判断力を備えた人工知能を搭載しているのであれば、
そのAIをモニターすることで機龍が何を敵と認知しているかわかるでしょうが、そんな知能があるという描写は皆無です。
あのシーンは、せいぜい標的をロックオンしながら撃っているという程度の観察になるのでは?)

前進、後退、ジャンプ、殴る、蹴るといった動作のコマンドがしらさぎから発信され、
それを機龍の動作として実現させるのがDNAコンピュータであると考えればすっきりするんですが、設定では違うんですよねー。
(歩く、という動作一つでも非常に複雑な運動を同時に行っていますから、それこそ並列処理の得意なDNAコンピュータにやらせればいいのに)

「×メカゴジラ」において非常に気になる描写は、機龍内部で茜が「私に力を!」と叫んだ後で機龍の目の光が変動するところです。
機龍の意志の現れか?とも受け取れる表現ではあります。
しかし、このシーンではダメージを受けているのは茜のみ。
機龍の内部にいたために、格闘の衝撃で気を失ったわけです。(機龍が遠隔操作で動くように設計された理由でもある)
そのとき、沙羅や湯原、機龍隊のメンバーを思い出して気力を振り絞り、機龍に呼びかけるわけで・・・。
これは茜と茜が操作する機龍が一体になったことを象徴的に見せた演出だと思われます。
(機龍は茜の意志のままに動くのだということ)
現象としては、茜が気を失ったことで操作入力がなくなっていたところ再び操縦桿を動かされたことで目の電飾(機龍の目が光っているのはなぜだ?)に電圧変 動が起こったというところでしょう。
こういうのが以前書いた、複雑な機械はときとして意志を持つように見えるという現象です。
(作り手がどんなつもりで目の光に変化をつけたのかは知りませんよ)
結局、このシーンの後も機龍が自由意志で動くことはないのですから「東京SOS」で初代ゴジラの記憶に茜がいることは説明できないです。
ここで機龍に暴走時のような意識が発生したのであれば、茜の操作が効かなくなるはずでしょう。
(オペレーティングシステムにエラーが発生するはずである)

と、あまり知識のない分野について突っ込んでみました。
考え違いがありましたら、どうか指摘してください。

私が怒っているのは、この程度の設定で科学的に正確なロボットだなどと宣伝する姿勢です。
私の科学知識は分野によって偏りはありますが、平均すればせいぜい高校生程度でしょう。
そんな私でさえ納得いかない設定&劇中での説明です。
またDNAコンピュータに関してはまったく無知でしたが、少し調べれば劇中の説明が変だということがわかりました。

こんなものを百万人単位の人々に見せる商業映画として製作してはいけません。
スタッフはDNAコンピュータに関する資料をちゃんと読んだのでしょうか。
あるいは顧問の科学者の意見に耳を傾けたのでしょうか?

さらに昨年のオフィシャルサイトには、「従来のSF的なものではなく、科学的に正確な・・」とかいう文言があって
「フザケルナ!」と思わずショーン・コネリーになってしまいましたよ。(『ライジング・サン』は断片的にしか見てないけど)
科学的に予測されるビジョンを提供するのがSFの基本なのだ。
科学的に不正確なものがSFだと思っているのか。
しかも、そんなご大層な機龍様がむちゃくちゃではないか。

はぁはぁ・・・。

珍しげな新技術を名前だけ振り回すのはやめてください。
映画の中で事細かに科学解説をする必要はありませんが、説明するときは嘘のない説明にしてください。
きちんとした設定は描写してこそ効果が出ます。
説明が無くても描写が正確であれば、リアルになります。

194  初代ゴジラの心 殿様ギドラ  2004/01/07 11:17
  男性 41歳 O型 
 「東京SOS」での初代ゴジラの行動が変であることをもう少し詳しく考えてみました。

劇中から判断される機龍のメカニズムでは、通常の機龍に独自の意識はないし、初代ゴジラの意識も存在しないと思われるわけですが、
これを1000歩譲り初代ゴジラの意識は押し込められているだけで、さらになんらかの超感覚で周りの様子をずーっと感知していたのだと考えてみます。

それから劇中での説明を受け入れて、初代ゴジラはやすらかに眠りたいのだという前提にも立ちましょう。

初代ゴジラが機龍の修復や現ゴジラと戦わされることをどう感じるでしょうか?

機械の体を直されることを歓迎するでしょうか?
もし体が直れば自分の思う通りに動けるのだから歓迎するはずだという理屈は通らないです。
なぜなら、機械の体が動けるようになっても特別なきっかけがないと自分の意志で動くことは出来ないのですから。
しかも、体が直るということはゴジラと戦わされるということを意味します。
これが歓迎される事態でしょうか?

義人の存在がどう映るか?
機龍が初代ゴジラであることに気が付いておらず、初代ゴジラが望んではいない整備に明け暮れる人物です。
そんな義人が最後に「お前のことをなんにも解っていなかったんだ」などと驚いて見せても、
いまさら何を言ってやがる、ってなもんでしょう。

義人は『ゴジラ×メカゴジラ』の出来事も知っているわけです。
しかもエンジニア。
湯原が気づいたことに気づいていなければなりません。(当然G×MG事件での技術報告が機龍隊内で行われているはず)
それなのに、機龍の中に初代ゴジラがいることにはまったく気づいていない人間なのです。

そんな義人に初代ゴジラが親近感を持つとは到底思えません。
心と心のぶつかり合いはそんなに都合良くいきませんよ。

『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ東京SOS』を覆う論理は、善玉=人間の味方という視野の狭い考えで成り立っているようです。
人間が間違ったことをしていても、善玉はひたすら人間の味方をするのです。(モスラ、初代ゴジラ)
これは怪獣映画の理念に真っ向から反します。
しかも怪獣はモロボシ・ダン(ウルトラセブン)のような表情や言葉を持ちませんから、必ずしも正しくない人類を助けてしまったことへの苦悩を見せることも ありません。
作品表現として人間の悪行を糾弾する要素がまったくないのです。
なんて手前勝手な映画でしょう。
幼児性を爆発させた映画なのでしょうか。
(それにしても作り手が人間側にしか立っていない怪獣映画とは、トホホものです)

人間であれ怪獣であれ劇中に登場する心の動きというものには細心の注意を払わなければなりません。
前作でも人物たちの心理がめちゃくちゃでした。
見せ場を繋ぐためだけにいい加減なドラマをくっつけているのでは、出演女優を納得させるためになくてもいいドラマをでっちあげているアダルトビデオと同じ ことです。

195  Re:機龍を考える 三沢狸   2004/01/07 18:13
  男性 O型 
 またしても、という所でしょうか。
脚本家が果たしてどこまでSFを理解しているのか。
はっきり言って実写畑の脚本家にはSFを理解出来る人がいないと思っています。
映画監督にもほとんど居ないでしょう。アニメ畑には居ますが。
金子監督は多少その感覚がありそうですが、どちらかといえばバイアスは
オカルト系の様な気がします。(未見ですが「クロスファイア」はどうだったんでしょう。)
アニメの「攻殻機動隊(TVシリーズ)」の綿密な脚本が何故実写で出来ないのでしょう。正直、疑問です。
ちなみにテレビ朝日の「相棒」シリーズの脚本は結構理知的だったりする。これは東映制作でしたね。
繰り返しますが、良い映画を作るためには良い脚本が必要なのです。
ですが、良い脚本を作るための人材も環境も今の邦画には無いと思われます。
また、映像に対する感覚も古い気がします。センスと言うべきでしょうか?
ではでは

198  Re:三沢狸さま 殿様ギドラ  2004/01/08 13:06
  男性 41歳 O型 
 映像関係のクリエーターにSFを解っている人は本当に少ないですね。
これは日本だけの問題ではなくて、世界的な問題です。
SFに入れ込んだ身からは、スピルバーグ、ルーカス、キャメロンなんかまるでSFの心が解っていない監督に見えます。
(スピルバーグ作品ではあるけれど『マイノリティ・リポート』にはSFを感じることが出来た。これは脚本家がちゃんとしていたのか?)

アニメはあまりチェックしていない(TVシリーズ「攻殻機動隊」も見ていない)のでアニメ界の一般論は語れないんですが、
見た限りではアニメも大したことはないという印象です。
世界設定やメカ設定がかなりちゃんとしていても、ドラマの中にSF的思索性のあるものがないです。
(「カウボーイ・ビバップ」は大好きですが、そのドラマからSFを感じることはほとんどない)

それでも実写に比べるとアニメのほうが理工系の基礎がちゃんとしているようですね。

『クロスファイア』はすっごい映画ですよ。
前半はなかなかサスペンスフルで(それにしても登場人物に実在感がない)巧いなと思わせるところもあるんですが、後半ぐだぐだになります。
焦点が定まっていなくて、無理矢理終わらせましたという感じです。(悪者は死んだからもういいでしょ、と言われた感じ)
超能力を取り扱っているだけで、SFではないですね。

「ガメラ2」が日本SF大賞を取ったのは監督の力ではないと思われます。
(とはいえ、あの作品に日本SF大賞を与えてしまった日本SF界もいかがなものかと思った。きちきちな設定を作っただけじゃないか!)
平成ガメラシリーズの緻密な構成は伊藤和典さんの脚本があればこそだったんでしょう。
(でも伊藤さんの資質は怪獣映画には向いていない。派手なドンパチを避ける傾向があるとのことだし、怪獣を理屈で絡め取ろうとする傾向が強い)

203  Re:三沢狸さま 三沢狸   2004/01/09 02:35
  男性 O型 
 SFマインドを持った監督として、ハリウッドでは
キャメロンは合格点かなと思っております。
私と同年代(歳ばればれ(^^;)と言うこともあって
ひいきしてるかもしれませんが、スピルバーグはどちらかというと
サスペンス畑だと思います。ルーカスは問題外。
ウォーショウスキー兄弟もだめだめですね。
ちょっと引っかかったのは「キューブ」のヴィンチェンゾ・ナタリ監督。
「ガタカ」のアンドリュー・ニコル監督もなかなか良いです。
アニメーションでは押井守監督作品のうち「パトレイバー1」と「2」
および映画版「攻殻機動隊」がSFですね。
「カウボーイビバップ」はSFというよりアクション映画でしょう。
「プラネテス」「二つのスピカ」「ラストエグザイル」がSFしてます。
(「ラストエグザイル」はファンタジー系かな)
あと「ブレードランナー」「エイリアン」のリドリー・スコット監督
もこの作品に関してはSFマインドがあったかな。
「ブラジル」「12モンキース」のテリー・ギリアム監督も良いですね。
日本では「ゴジラ」「ガス人間第1号」等がありますが近年では一本も
ありません。かろうじて「ジュビナイル」がそれっぽいかな。
いずれにせよ平成ゴジラシリーズはSFでもないし、怪獣映画としても
中途半端な作品群だと思います。

204  Re:三沢狸さま 三沢狸   2004/01/09 10:34
  男性 O型 
 忘れておりました。
誰が言ったか(小松左京か星新一か?それとも豊田有恒?)
「SFは絵だねえ。」という名せりふが有りました。
絵的にSFって奴でしょうか。「センスオブワンダー」が有れば
良しと思ってしまいます。
そういう意味では「インディペンデンスデイ」の都市上空に
浮かぶ円盤なんかはSFしているんですが。(映画はSFしてない。)
ゴジラも「センスオブワンダー」を失って長いですな。
早く取り戻してくれないかな。
ではでは

205  Re:三沢狸さま 殿様ギドラ  2004/01/09 17:32
  男性 41歳 O型 
 SFは絵だ、と言ったのは確か野田昌宏大元帥かと。

私もSFには驚異のビジュアルがあってこそわくわくするんじゃないかと思ってます。
SFを表現するメディアとして映画に期待するのはそこですし、特撮が本領を発揮するのはSF映画であるはず。
ただ映画でSFを描く際に難しいのは、SFの重要な部分である思索性をうまく描けるのか、というあたりです。
SFには認識の変革を迫るような観念を示すことの魅力もありますが、映像と音による体験である映画には、
そんな観念を伝えるのが苦手だという弱みもありますね。

最近のSFモドキ映画は、絵の部分ばかりで知的なものがほとんどないのが残念です。
(「ID4」での都市上空に浮かぶ巨大宇宙船ってクラーク「幼年期の終わり」からパクってますよね。
まだまだSF映画は小説に追いついていない・・・)

劇場版パトレイバーや攻殻機動隊は確かにSFに分類されると思いますが、もうひとつ突っ込みが浅いように思います。
(『アヴァロン』まで考慮すると押井・伊藤コンビは謎解き推理ものとしての論理構築はうまいが、論理展開を突き詰めて驚異を作り出すところまでは出来ない んじゃないか・・)

そうそう、『エイリアン』(他作品からのパクリが多い映画ですが)『ブレードランナー』の2作からはリドリー・スコットはイケてました。
それから私もテリー・ギリアム作品もいいと思います。(ひねくれすぎていて、あまり一般受けしないのが難点か)

『ゴジラ』が優れたSFになりえたのは、香山滋という作家の存在が大きかったのかな、と思います。
もちろん円谷英二監督がもともと空想科学に傾倒していたのはゴジラ以前の作品からわかるところですし、
(『エノケンの孫悟空』はすごい!)
本多監督も科学というものに興味を持っていたとのことです。
(あ、伊福部先生も理系の教育を受けているぞ!)

私はウォシャウスキー兄弟をSF映画監督として高く評価しているんですが、そのあたりのあれこれをここでお話しするわけにはいかないのでそれはまたいずれ ということにしましょう。

208  Re:三沢狸さま 三沢狸   2004/01/10 00:28
  男性 O型 
 > SFは絵だ、と言ったのは確か野田昌宏大元帥かと。
ああああ!そうだ!野田宇宙大元帥閣下だった。(;^_^A アセアセ…
すっかり忘れておりました。
ところで「宇宙ゴジラ」ってのを、確か「AKIRA」の大友克洋が
書いてましたが、野田元帥もからんでなかったっけ?
ではでは

201  Re:ゴジラを解析するな! 殿様ギドラ  2004/01/08 13:14
  男性 41歳 O型 
 機龍の成り立ちを考えていくと、ゴジラシリーズを続ける上での禁じ手が潜んでいることに気が付きます。

ゴジラ映画が一本ごとに独立したもので、作品相互の関連はなくて良いのだとなると話は違うんですが、
そんな断絶したものはシリーズものとは認められないというのが私の主張ですから、内容を引き継ぎながら続くシリーズとして考えます。

ゴジラ映画において、ゴジラが人間に倒されてしまえばシリーズは終結します。
シリーズを続けたいと思うなら、ゴジラが殺されてはいけないのです。
(当たり前だっ!)

それでもゴジラ出現に際し、人間がどんな対策を考えるのかを無視した作品作りも出来ません。
(『ゴジラの逆襲』ではゴジラに対しては無為無策という前提を打ち出しながら、氷詰めにするという形でゴジラを退場させている。
『キングコング対ゴジラ』では高圧電流でゴジラの進路を変え、キングコングと対戦させることで退場。などなど・・)

ここで気をつけなければならないのは、ゴジラ退治の決定打を人類が見いだしてはいけないということ。
本家シリーズが、2作目以降オキシジェンデストロイヤーに一切触れないのはなぜかということをもっと真剣に考えるべきです。
(『~逆襲』ではその存在に言及しますが。うう、ここでオキシジェンデストロイヤーのドラマ上の役割も説明すべきでしょうけど、『ゴジラ』を注意深く見れ ばわかることなので省略)
当時のスタッフの感情を推理すれば、単純にゴジラを殺したくないからだったと思われますが、これがシリーズを長持ちさせたわけです。

『キングコング対ゴジラ』にも科学者が登場して、ゴジラやキングコングについて記者団からの質問に答えていますが、
そのやりとりを見れば、学者にはなにもわからないのが怪獣であると強く表現されています。
昔は生化学・分子生物学がまだまだ未開でしたから、怪獣のような飼育不能の動物を研究することは困難であり、その行動を観察するしかなかったわけです。
ですから、なにもわからないのだと言いやすかったとも言えます。

ここで強調しておきたいのは、生物学を援用しても解明不能とするのが大事だということです。

時代が移れば、現実の科学技術は進歩します。
ゴジラ映画にも科学の進歩を取り入れたくなるでしょう。

怪しくなるのは『ゴジラ』(84)です。
渡り鳥の磁性体云々とかゴジラが放射線を吸収するとかなにやらゴジラの「中身」を解析しようとする動きが出てきます。
つづく『ゴジラvsビオランテ』が致命的でした。
あろうことかゴジラの細胞を培養し、ほかの生物と合成するということをやってのけます。
こうなってしまうと、もはやゴジラは解明できない謎ではありません。
ゴジラ退治の方策は近い将来見つかるだろうし、そうでなければおかしい設定を持ち込んでしまったのです。
(事実、「vsビオランテ」劇中で抗核エネルギーバクテリアを注入されたゴジラが一時的に活動停止する)

平成vsシリーズでは、一旦細胞レベルでのゴジラ解明をやめてくれるんですが、
(それでも「vsキングギドラ」でゴジラの出自を恐竜ということにしちゃったりしやがって)
「2000ミレニアム」ではオルガナイザーG1がゴジラの強力な治癒力の元だなどとぶち上げます。

そして機龍シリーズ。
ゴジラの細胞を培養するのは当たり前で、DNA解析までやり始める始末。
(DNAコンピュータとゴジラのDNAはまるで無関係なのではありますが)
そして、劇中での説明を見る限り、ゴジラもAGCTという塩基から成るDNAで遺伝情報を保持しているらしい。
となるとゴジラDNAによって合成されるのはあくまでもタンパク質であり、それはわれわれの身体を構成するものと変わりがないことになるでしょう。
いやいや、もっと恐ろしいのは、ゴジラの遺伝子が細胞から分離できたということは将来的にはゴジラのすべてがわかってしまうということに他ならないでしょ う。

こんなことをやってしまっては、ゴジラシリーズの首を絞めているに等しいのです。
科学力では解明しきれない存在という枠を守らなければ、ゴジラではありません。
(かといって、心霊現象でもないよ)
科学的に追求していって、かつ謎を残すのが肝要。
それでこそ、解明しきれない大自然の象徴としてのゴジラが生きます。←現象学的SFにもなる

本多・円谷時代には未開だった研究法が確立されてしまった現代にどうするか?
ひとつの方法は、劇中の重要な人物には科学者を出さず、怪獣研究は行われてはいるがなかなか成果は上がっていないという社会背景にとどめることですね。
もうひとつは、ゴジラ(やほかの怪獣)の肉片などをサンプリングしても結局はなにも掴めないということにするか。
細胞の培養も出来ないし、遺伝子を調べようとしても遺伝子がどこに存在するのかわからないとか。
地球で発生した生物であろうことは確か(ゴジラは牛を食べたりする)でも、分子生物学的にはまるで未知の存在とするべきでしょう。

それから、核爆発の強力な熱線・放射線に耐え、砲弾やミサイルにも死なない生物が通常の生物と同じような細胞を持つと考えるのは非常に非科学的なことで す。
科学的な物語にするつもりで科学の基本を忘れたストーリーが多すぎますね。


162  おひさしぶりです! 村田耿介  2003/12/29 23:10
  男性 26歳 B型 
  殿様ギドラさん、おひさしぶりです!
 私事ですが、数年来のゴジラ仲間だった女友達と喧嘩別れ?しまして、『東京SOS』はとてもとても寂しい気分で観ました。
 去年は一緒に観に行ったのになあ、うっうっ(泣)。

 大雑把ですが、感想など。
 今回気になったのは、まず「モスラ」と「小美人」と言う名のご都合主義でしょうか。
 「人間の敵になる」と言いながら、機龍を破棄してもいない人間を守るモスラ。機龍修理に手を貸す小美人。ここら辺りの矛盾は殿様ギドラさんも指摘されて ますが、ちょっとひねくれた見方をするなら、「人間の敵になる」というのは、小美人たちによる単なる「脅迫」だったのではないでしょうか。最初から彼女ら もモスラも人間の敵になるつもりなど全くなく、「命は定められたなんとかかんとか」という哲学のために中条、ひいては日本政府との取り引き材料としてモス ラの力を持ち出しただけだったのでは。
 そもそも人間のためにゴジラと闘うという今作のモスラの行動原理が、人類に対する無限の博愛以外に説明がつかんような気がするんですね。なんというか、 驚くほど単純化されているというか……。
 「小美人は実は最初から「人類の敵」になるつもりはなかった」と書きましたが、言い換えますと「制作者は最初から「モスラが人類の敵になる」というシ チュエーションを実際には想定しなかった。あるいは想定したかもしれないが、その意味は何も考えていなかった」のだと思います。
 映画に限らず作中におけるキャラクター(もちろん怪獣もです)の行動には、必ず意味が必要であり、それらが深遠かつ複雑でありながらも明快に描かれてい れば、その作品は傑作と呼ばれると思っています。が、今作からは「人間の敵」と「正義のロボット」の対決、それに絡む「人間の味方」という非常にわかりや すい図式しか感じ取れませんでした。『モスラ』で東京を破壊したモスラの荒ぶる一面をストーリーの下敷きにしているにも関わらず、今作のモスラは平成シ リーズのような平和主義者の顔しか見せない。なぜ? モスラをそういった類型化した役割に当てはめ、構図を単純化したいとしか思えません。機龍ちゃんと仲 良くしてると、もう君とは仲良くしてあげないよ、ゴジラちゃんにいじめられても知らないよ、という、子供の喧嘩と同じレベルに……。
 ゴジラがモスラと闘う、怪獣が怪獣と闘う、ということにもそれなりの理由付けが必要だと思うのですが、それが曖昧というより最初から闘って当然、子供は 喧嘩して当然、のようになんの原理も描かれていないのが気になりました。
 もはや作品内容に意味を求めても無駄で、制作者はドラマを作る事を放棄しているんではないでしょうか。「機龍はもう闘いたくないのかもしれない」など も、最初から用意された単純な構図を裏付けるためだけにしか存在していないように感じられます。
 「正義の味方」側のモスラと小美人、機龍は、無条件に人間を助けてくれる。そこには何らかの葛藤があっていいはずなのに、何もないのは、そういう役割と してしか制作者から捉えられていないことを意味しているのだと思います。
 これはまさに「プロレス」です。それも粗悪な。非公式に組まれたカードがまずあり、それを前回の引き分け試合の因縁(前作)、団体同士の抗争(人間の味 方?敵?)、下手なマイクパフォーマンス(「機龍には日本人全部の……」)で盛り上げる。上手くやればそれでも面白いんでしょうが、本来もっと複雑なはず のキャラクターを単純なヒールとベビーフェイスに色分けし、筋の通らない演技(「SAYONARA TYUJO」!)をさせては……。
 子供が机を並べただけでやってくるモスラ、カーナビか?紋章石、埋まった道具も掘り出してくれるよ小美人、などなどモスラ関係はもとより、 「SAYONARA TYUJO」発言とご丁寧に日本海溝までゴジラを連れて行ってくれる機龍、どこまでも人間様にお優しいシナリオ。義人を始めとする登場人物が努力していな いとは言いませんが、全ての努力に手が差し伸べられる展開はやはりご都合主義としか読み取れませんでした。「幼い」とさえ感じました。
 人間の努力ではどうにもならない「相剋」がこの世にはあり、その一つが怪獣なのではなかったのでしょうか?
 全ての存在意義を消され、役割分担としての敵役、負け役を負わされたゴジラが、ひたすら哀れでした。平成シリーズでさえ、必ずリスペクトされ見せ場を与 えられて来たのに、今回はシナリオ通り3カウントを取られるだけ。
 今回初めて、観ていてバカにされているような印象を拭えませんでした。上っ面だけ旧作をなぞり、適当に怪獣を闘わせておけばファンは満足する、と思われ ているように感じました。『GMK』が怪獣映画ファンをバカにすることを目的とした映画だったのとは、また微妙に違うのです。
 子供だましもたいがいにしろ、と言いたい。
 「プロレス」なりに面白くしようという姿勢さえ感じられず、ちょっと今後のゴジラ映画に絶望しました。これでは、真面目に観る気さえなくなりそうでし た。

 乱文失礼。
 個人的な感想はこんなもんですが、皆様の今後の考察には期待しております。わずかな希望が見い出せる事を願って(泣)。
 では、また参ります。

 殿様ギドラさん、皆さん、よいお年をお迎え下さいませ。
 

165  Re:おひさしぶりです! 殿様ギドラ  2003/12/30 19:10
  男性 41歳 O型 
 おおっ、村田耿介さん、お久しぶりです。
ご投稿に感謝します。
お元気・・うっ、あまりお元気ではないのですね。

「東京SOS」に関して鋭い分析ですね。
ストーリー以前に各キャラクターの役割分担が固定されていたんじゃないかというご意見に賛同します。
それがドラマの自然な流れを阻害してご都合展開連発にさせた可能性大ですよね。

さらにはゴジラを倒されて当然の存在と規定しているフシが見えるのも大問題。
シリーズを一旦締めくくるのだ、という目的に対してゴジラが「負ける」という形の答えを出してしまったことは残念という言葉では足りません。

機龍シリーズの発想を元にしたゴジラ映画はもう見たくありません。
根本的に考え方を変えてもらわないとちゃんとしたゴジラ映画にはならないでしょう。

ゴジラ映画に希望があるのかどうか不安ではありますが、
村田さんも、良いお年を!

167  Re:おひさしぶりです! 四式戦車(チト車)   2003/12/30 20:47
  男性 20歳 A型 
 
> さらにはゴジラを倒されて当然の存在と規定しているフシが見えるのも大問題。
> シリーズを一旦締めくくるのだ、という目的に対してゴジラが「負ける」という形の答えを出してしまったことは残念という言葉では足りません。
・・そうなんですよ!前も申し上げたように今作ではゴジラが情け無くなる位、弱く、好戦的じゃないんです。浅田監督が言う「耐えるゴジラ」とはあんな貧弱 なゴジラなのでしょうか!!まだ、前作のゴジラの方がずっと勇ましかったです。自衛隊、モスラ、機龍の袋叩きでした。特に鼻に付いたのは修復された機龍が ゴジラの眼前に降り立った時、ゴジラはギョッとして後退りするシーンと脇腹をドリルで剔られメーサーの集中砲火を受けた程度であっさりと戦意を喪失し幼虫 に糸巻きにされるシーンでした。こんなんだったらわざわざ二度も上陸して機龍と戦う必要などなく・・同時に続編まで製作した意味も消えつつあると思うので す。あと、ドリルで自分の脇腹を剔られているのならば、力尽くでそれを阻止するのが常でしょう。なのに・・し終わるまで剔らせているのですからバカバ カしくてお話になりません。親モスラはゴジラに爆死させられましたがこと機龍においては熱線で顔を壊された以外、イケイケドンドンでゴジラを圧倒して いくのですから・・モスラの存在は一体、何だったの?と言いたくなります。二度観てみて改めて今作の内容的な欠陥を認識した次第であります。手塚監督の 「機龍もゴジラなんだと思っています」はただの屁理屈で初代ゴジラの骨格とDNA(コンピューター)が機龍に使われていたとは云え・・ゴジラはゴジラ、 機龍は機龍としてハッキリと描く必要があったと思います。結局の処、元を辿ればそこが全体(ストーリー)の自然な流れを狂わせてしまったのではないでしょ うか?


163  皆様、お久しぶりです。 四式戦車(チト車)   2003/12/30 00:45
  男性 20歳 A型 
 今日、再度、ゴジラを観て参りました。メインの人物3人の演技がダイコンでした。特に吉岡美穂の演技がダイコンも甚だしいものでありました。 金子昇も虎牙光揮の演技もペケです。内容や視覚効果云々以前にこれではお話になりませぬ。・・ただ、前も申し上げたようにCGI・デジタル合成は素晴らし く進歩しており冒頭の空中戦なんか何度観てもよいものです。あと、二度目で気付いたのですが・・ゴジラがアメリカの原潜を襲撃し、噛み付きましたよね。そ このアップ(原潜が引きちぎられ炎上し、ズームしてゴジラの顔が映る)シーンでは原潜を固定するピアノ線が2本(!?)見えたような気がしたのです が・・そこの点をどなたかお教え下さい。宜しくお願い致します。

164  追伸 四式戦車(チト車)   2003/12/30 18:35
  男性 20歳 A型 
 あれからもシーンを一つ一つ思い出してみると・・原潜襲撃の他、機龍がレールガンを外し肩のバックユニットをゴジラへ向けて射出しますね。一 基は熱線で破壊され、もうもうたる爆煙の中、もう一基がゴジラへ迫っていく時、ピアノ線が1本!?見えたようにも(バックユニットを吊ってる)思えまし た。163番の投稿と併せてそこの点を御教唆戴ければ幸いです。・・私の場合ゴジラ映画を観る時、内容もそうですがそれ以上にどうしても映像上の事柄に目 (注意)がいってしまうので・・。一回目観た時は気にも掛けなかったのが二回目では鼻につく点が出てきます。しかしながら、これらは単に私の勘違いであっ た事を切に願う次第であります。

166  Re:追伸 殿様ギドラ  2003/12/30 19:14
  男性 41歳 O型 
 163番と併せて・・

うーーーーーーーーん。
ピアノ線が見えたカットがあったような記憶がうっすらとあります。
それがどのカットだったのかと考えると、うーーーーーーーん、機龍のバックユニット発射のときが怪しいなぁ。
潜水艦のときにはぜんぜん気がつかなかったように思います。

どなたか、気づいたという方はいらっしゃいませんか?


168  ハム太郎同時上映による影響 コクラ   2003/12/30 22:58
  
 今、あちこちで話題になっていますが、今回のGMMGは本来1時間55分の上映時間で、人間関係や主人公達の心境、怪獣達の行動などが詳しく 描かれていたそうなのですが、ハム太郎との同時上映ということもあって、90分に大幅カットした結果、チグハグ気味になったそうです。
手塚監督曰わく、「あと10秒あれば泣けるシーンになった部分も冷たくカットした。」ということです。

前作ではそれほどでもなかったハム太郎との同時上映が、今回はかなりの影響をゴジラに及ぼしているようですね。
DVDが出るときは、是非とも完全版にしてもらいたいものです。

172  Re:ハム太郎同時上映による影響 殿様ギドラ  2003/12/31 14:54
  男性 41歳 O型 
 まあ、そうですねー。
一本の映画が完成するまでにはいろいろとごたごたもあるんでしょうね。

ということは、今年もハム太郎と併映になるというのは最初からの決定ではなかったということでしょうか・・。
(GMKのときは、製作途中でハム太郎とのカップリングが決まったんですよね)


169  ギドラしゃんのPart3に関して Lans   2003/12/31 01:05
  
 でわ、長くなりますので、別スレとして、殿様ギドラさんの考察にレスします。

>義人がなんと答えたのかを伏せていること。

ギドラさんは、義人の答えをぼかす部分を批判しておりますが、この部分に関しては、私は納得しております。理由は・・・

1)モスラの存在(救援)があるのなら、機龍の存在意義がなくなりかねないという点を義人が認識している事と、義人が機龍を手放したくないという思い(機 龍隊の一員として誇りを持っているっぽいですし)。この矛盾に悩む義人を表現する為の演出と思っています。
 ここで重要なのが、義人がF-1時代からの自衛隊メカニックである事。そしてメカニックである事に誇りをもっている事です。自分に職務に誇りを持った人 間は、時として、その誇りを守るために分別を無視した行動を取ってしまいがちな部分があります。(職人気質というか・・・)
 この部分を考慮すれば、あの行動・・・私には納得がいくのです。
(クリエイターにも、これと似たような気持ちがあるので・・・)

>もし、質問が「君は機龍を必要だと思うかね?」というものだったなら、作品の根幹に迫る質問ですから

私には、その質問は暗に、上記の質問を内包しているように思えました。


>中條信一が防衛庁に現れるのはどうして?
うーん、確かに?ですが、総理との会談の帰り・・・にしては時間があいませんな?

>挙げ句、「おまえはおまえが正しいと思うことをやればいい」って、なにがなんだか話が全然つながりません。

これに関しては、前述の私のような感じで中条真一が捉えていれば、ありうる会話だと思っています。


>次のシーン47以降でゴジラ登場となります。
>しかしゴジラを品川へ誘導せよ、という作戦はオッケーなんですが、どうして誘導するさまを見せないのですか!

完全に同意します。
そんなに簡単にゴジラが誘導できるものですか!
あの件はご都合主義の塊にすぎません。

しかも、また戦車隊は並んでるだけだし・・・
たしかMLRSも混じっていたように思えるのですが・・・
ちなみにMLRSは射程40Km以上の間接射撃兵器で、SSM-1と同様に直接射撃は不可能です。運用としてはSSM-1に近いものです。
(射程はSSM-1の方が上ですが、地域制圧能力はMLRSが上)



>夕日の中、モスラ出現。(いままで何をしていたんだという疑問はあるが、それはさほど問題ではない)

ここ、私はめちゃくちゃ問題視します。
多分、見ている観客は普通に「このモスラ、いままでどこにいたんだ?」と思うのでは?
なぜなら、冒頭でモスラはレーダーにキャッチされ、邀撃されているんですよ。
この緊急配備状況で空飛んでれば、自衛隊がキャッチできない訳がない。
もし低空でレーダーに懸からなかった。とか言うなら、それは情報が古いです。
ゴジラ上陸が決定視され、全土が警戒態勢に入っている状況ですので、いくらなんでも見つかるでしょうに・・・F-15のレーダールックダウン能力や早期警 戒機をなめないでください!って感じです。

まだ冒頭は夜間だった上に早期警戒機も付近には進出しておらず、本当に低空にて山間部降下(実は島に降下着陸&卵生みだったって事らしいですが・・・)な ら見失うかもしれませんけど・・・その後、夜間なら人目につかず移動も出来るかもしれません。しかし、あのモスラ襲来は真昼間ですよ!(まあ、正確には夕 方ですが・・・)あんなでっかいのが昼間飛行して通報もなにもない訳ないでしょ!とか思います。


>そのとたん、五十嵐は機龍を使うのをやめてしまいます。
>これは、モスラを信用したということなのでしょうか?
>それにしてもわからないのは、機龍を使わないのはともかく、それ以外の兵器も完全沈黙。

これは、両者の動向を伺おうというのでしょう。
下手すれば、勝った側が敵に回りかねません。自衛隊としては戦力を温存し、ゴジラとモスラが消耗するのを待った方が確実に得策です。
(ガメラ2を思い出してください)

>そのあと画面はゴジラとモスラに戻るのですが、人間側の芝居が差し挟まれて>かなりの時間経過があったと思われるのに、
>ゴジラ対モスラの戦況に変化が見られないのはいかがなものか。

激しく同意しまつ。

>鱗粉の誘爆(?)

この麟粉の爆発は、粉塵爆発だと思いました。
つまり、これでゴジラは放射能火炎を封じられたという事を見せたかったのでわ?
(ただ、説明ないとわかり難いですな。一言説明して欲しかったです)

>この、小笠原に産卵しましたというストーリー、なんとかならなかったのでしょうか?

激しく同意!

>さあ、シーン82、機龍出撃を決断する
総理です。
>これはまったく納得いきませんでした。

これも同意。どうせなら、モスラの危機を見て、モスラを助ける為に出撃させるのではなく・・・
「所詮、モスラにはゴジラを倒す事は出来ん。ゴジラを倒せるのは、我々の機龍だけだ!」
くらいの気合で出撃命令を出して欲しかったですな(w


>神崎曰く「発進までが俺たちの仕事だ。ここはもういいぞ」だそうで。
>ちょっと待ってくださいよ。

これには、私もお怒りです。「整備という仕事をなめんなよ!」

>機龍登場と同時にモスラの存在が希薄になってしまっていたように覚えています。

完全に同意。もうモスラの存在意義は無いに等しいです。

170  さらにギドラしゃんのPart4に関して Lans   2003/12/31 01:47
  
 >幼虫モスラ対ゴジラの流れの中で、親モスラが焼き殺されるという描写。

これ自体は、嫌ではありますが否定はしません。
ただ、爆発四散はないでしょう!
燃えながら落下炎上(ラドンのように)が普通でしょうに・・・
怪獣はメカじゃないですよ・・・

>幼虫モスラの怒りの表現と言うことで、目の色が変わる(青から赤へ)ようすがありましたが、うーん、そんなことしなくても良かったんじゃないで しょうか。

いやぁ。私はナウシカのオームを思い出してしまいました(w

>(うーーーーーん、そういう事態は事前に予測出来るんじゃないでしょうか。最前線に整備班がいないというのも変な感じが・・・。メンテナンス部隊 が配置されるべきでしょう)

えーと…あの規模の兵器だと、本来、前線修理は不可能が普通です。
ロケットのようにバックアップシステムを何重にも配し遠隔操作による修理作業が普通でしょう。それでも、ヘリなどで付近にダメコン要員(ダメージコント ロール)が待機する位はするでしょうね。このあたりも、前述で「整備の仕事なめんな!」と書いた所以でもあります。

>自衛隊の連絡網が混乱しているということはありませんし、
>戦闘地域の状況把握はなされていなければならないでしょう。
>(描かれていませんが、航空機による監視も行っているのでしょう?)
>出発前にすでに機龍に近づく道筋は決定されていたのではないですか?

これは難しいです。複数の怪獣が戦う空域にヘリがのこのこ飛ぶのは・・・
ああ、でもしらさぎがいましたな。あれなら出来たでしょうけど・・・

奴ら攻撃行動に入ってるし・・・指揮機の意味が全く判っていません。機龍隊。

>なぜ不整地での行動を専門にしたバイク部隊を使わなかったのか?
>バイク隊(ないし荒れ地を移動できる車両)を配備していなかったとするとそれも問題。

本来ならバイクも無理と思います。市街の倒壊状態で確実な機動は徒歩かヘリだけです。それに自衛隊のバイク部隊って偵察斥候班であり、連隊規模なら、大抵 は配備されています。しかし、この場合はその偵察隊員が到達しても意味はありません。主人公が着かねばならないのですから・・・
そして、前線の部隊隊員が「義人がバイクがプロ並みに得意であったなど、知る訳がありません。そうなると、車両かヘリ、でヘリはゴジラに見つかりやすいと なれば・・・車両になるのも頷けるのでは?

>その囮役をなんでしらさぎがやるのですか!

まったく同意!

>機龍が直るまではしらさぎは退却するべきでしょう。

いや、義人の誘導をすべきですよ(w

>前線の部隊が全力で援護する話はどこへいってしまったのでしょう。

これも同意!この部分は前作でも、私文句いってた覚えがあります(w

>また、このゴジラ引き離し作戦も、作戦のようなものが何も感じられません。

そうだ!そうだ!人間は弱いからこそ、作戦でがんばるしかないいんです。

>瓦礫に埋まって荷物を見失った義人を小美人が助けるのです。
>これから機龍を修理しようとしている人物を助けるとは?

まったくの同意。ここは小美人が、機龍を起動させてしまった義人や人間達を非難しなければいけないでしょうに!

>「機龍には日本人みんなの想いがこもってるんだ」とは?

これが義人の思い込みとう意見にも同意なり

>このあたりも、ゴジラが機龍に執着している感覚がぜんぜんないのです。
>(もし私の見落としている点があるならどなたか指摘してください)

私にも理解出来ませんでした。

>そして非常に不愉快な、ゴジラの肉体を切り刻むシーン。

ああ・・・でも私は・・・対ガイガンを思い出したり・・・

>結局やってることは前作と同じ。
>人間にはゴジラを倒すだけの科学力があるのだと言っちゃったわけです。

そうです。前作と一緒です。だから私は機龍2部作は一つにまとめて欲しいと・・・
機龍起動後はほとんど一緒なんだもん・・・

これ以降は・・・既に私も感想を書いているので割愛しますが・・・
途中でテーマ変えるなよぉ・・・

機龍の、本当の存在意義を問うってのは、そういう事じゃないだろぉ・・・(悲
せかっかくの良いテーマが台無しですよ。

>「人間は自らの過ちに気づかないほど、愚かな生き物ではないはずです」
>と言われて苦しんでいるゴジラを見るわけです。
>この映像構成では、ゴジラを苦しめたことが「過ち」であると受け取れるのです>が、違いますか?

あ。ここでは私、意見が違います。
ここでの人間の過ちはゴジラを苦しめた事ではなく、
「今の破壊神とも言えるゴジラを生み出した事」
「海底で生活していたゴジラを破壊神にしてしまった事」
つまり科学の暴走であると感じました。

>「ゴジラにとどめを」ですよ。

ここは、ゴジラの運命を、ゴジラを創った人類の負債に終止符を!
といってるようにも思えたりしました。

>続けて「それで、機龍の使命は終わる」と言い放ち、となりの土橋がぎょっとするわけですが、

これで、「使命は終わる」に繋がってくるのではないかと・・・


>たとえ何かを反省したのだとしても、そのきっかけが小美人の呼びかけでしかないのです。

そうです。このあたりは人類が教えられずに気がつかないと・・・
その意味で、ゴジラを心から憎んで仇としてみていた前作の主人公「達」が、ゴジラとの決戦中に気がつくことができれば・・・そして最も機龍を必要とした茜 が自ら機龍を捨て去る事が出来れば・・・いいドラマになったでしょうに・・・(悔

171  ついでに Lans   2003/12/31 01:52
  
 どなたかが、モスラの双子に対し、小美人が悲しい顔をしたのか?
というカキコがあったと思いましたが・・・

確か、モスラって一子相伝というか・・・
必ず一匹しか生き残れないんじゃなかったような・・・?

であれば、あの悲しみの表情は、双子で生まれた内、一匹は必ず死んでしまう事を知っていて、その運命を悲しんだのではないでしょうか?

173  Re:どーもー 殿様ギドラ  2003/12/31 15:00
  男性 41歳 O型 
 どもどもLansさん、丁寧なレスをありがとうございます。
書いたかいがありました。

義人が内局に呼ばれたシーンに関しては、Lansさんのおっしゃることもわからないではないです。
それでもひっかかるのは、Lansさんの感じ方を成立させるためにはあのシーン以前で、
義人が機龍使用に前向きであることをもっとはっきり伝えていなければならないんじゃないかというあたりです。

実作では、秋葉(父)に呼び出されるより以前から機龍を使うことが間違っているんじゃないかという意見にさらされています。
(小美人・家城茜)
小美人に対してはかなりはっきりと「モスラを信じて良いのか?」という疑念を見せていますが、
その後の態度は想いに沈んでいるようですし、茜が「機龍はもう戦いたくないのかもしれない」と言ったときもあからさまな反発はありません。
義人自身もひょっとしたら機龍を作ったことは間違いなのではないか、と思い始めていると匂わす演出が多かったのではないでしょうか。

そうなると、自らの誇り(存在意義)を守るために分別を失っていたとも思えないのです。

さらに、一緒に別荘で小美人に会っている叔父にまで、秋葉(父)に対して小美人来訪が事実であることを告げたのか告げなかったのかを隠す理由が見あたらな いです。
これ、秋葉(父)に「小美人来訪が事実であったかどうか定かでない(自分は見ていないとかなんとか)」と言ってしまったなら、
小美人を信じている叔父には、自分がなんと答えたのか話せないということになるんでしょうが、
観客にも義人の返答がわからないのでどうも演出意図がわからないのです。

モスラ出現の流れについては、Lansさんのご意見に同意します。
ドラマ上、モスラがどこから東京に向かったのか、どういうタイミングで飛び立ったのかがぼかされていても問題ないだろうという考え方でしたが、
(瞬が碑文の紋章を描いたときにちょうどモスラが来たのは偶然でしょう)
確かに、日本に向かってモスラが飛んできたならまずは自衛隊が発見して対応するという描写がないと変です。
(あ、自分で書いたストーリー改訂案ではそのあたりをちゃんとやってら)

しかし、モスラがゴジラと戦い始めたとたんに自衛隊が何もしなくなるというのはやっぱりおかしいように思います。
五十嵐が機龍を発進させなかったのは、中條から聞いた話をある程度信じたからで、
機龍を使わないならモスラがゴジラと戦ってくれるという前提に立っているはずです。

ならば、自衛隊がモスラに加勢したほうが早期にゴジラを倒せることになり、被害を少なくすることができるのではないでしょうか。
もし、ゴジラを倒した後でモスラが人間に牙をむくなら、そのときは機龍でモスラを叩けばいいのでは?
二匹は市街地で戦っているので、長引けば長引くほど建物等への被害が増えるでしょう。
(いや、たとえ山林でも誰かの所有地なので放っておくのはまずいんでは)

いやー、たとえ自衛隊の攻撃を控えるのが得策であるとしても、せめて二匹の戦いを現場で監視する自衛隊というものを見せるべきだった・・。
(『モスラ対ゴジラ』参照のこと。しかもGMMGにはメーサー車という怪獣専用兵器もあるのに・・)

鱗粉の爆発。
モスラの鱗粉って謎なので、いかようにもなるんですよね。
今回の爆発は、作品を見る限りいまいちなにが起こっているのかわからないんですが、鱗粉が原因で爆発が起こったのかな、ぐらいにはわかったので
それもありかなー、なんて思いました。
『モスラ対ゴジラ』では、鱗粉がなんとなくゴジラを窒息させているようにも見えるんですが、明確な説明はないですね。
(『ゴジラvsモスラ』での熱線乱反射も受け入れてしまったのでした。この、モスラ鱗粉のアバウトさがなんで気にならないのか今度じっくり考えてみます)

幼虫モスラの目の色が変わることに関しては、全否定ではないです。
蛇足じゃないかという感じであります。(もともと無い設定をさほど必要もないのに付け足すことはないでしょうというところ)


機龍修理に向かう義人のくだり。
Lansさんの知識にいつも助けられますよ。
やはり現実の戦争においても、戦闘中に整備・修復することは念頭に置いているのですよね。
とくに機龍は代替がない兵器ですから。

修理に向かう義人は通常の車両に乗るしかなかったですか・・・。
うーん、怪獣は軍隊(人間集団)ではないので、敵由来のものを何でもかんでも壊すわけでもないんじゃないでしょうか。
(怪獣をヘリで監視するという描写も他作品にはありますし)
特生自衛隊は対怪獣戦のエキスパートですから、それぐらいのことは解っていて当然ですし、もっと賢い動きを見せて欲しかったのです。
(道が埋まってる、で先へ進めないというのでは、なんのための特自かと思ってしまいました)

うーーーーーーん、五十嵐が反省したのが、本当にゴジラに含まれる人類の愚かさであったのでしょうかぁぁぁ。
GMMGでは機龍の内実みたいな話は結構出てきましたが、ゴジラについてはなーんも掘り下げていないので糸に巻かれたゴジラくんが映ったところで、
そこに科学の誤用や人類の手に余る破壊力といった概念を見るのは難しいっすよ。

Lansさんが繰り返しおっしゃっている、
機龍を捨てるのが茜であったなら、という希望には私も同意です。
人間が機龍を捨てるのでなければ、まったく成立しないドラマであったはずです。
そして、怪獣映画の魅力を備えるためには、そんな人間の身勝手さにさらに鉄槌を下すような内容でなければなりません。
(同時に人間の美しさも表現されていて初めて本多・円谷コンビと同じ土俵に立てる)

175  Re:どーもー Lans   2004/01/01 00:03
  
 どもー、もうすぐ年が変わろうとしております(w

> 義人が機龍使用に前向きであることをもっとはっきり伝えていなければならないんじゃないかというあたりです。
> 義人自身もひょっとしたら機龍を作ったことは間違いなのではないか、と思い始めていると匂わす演出が多かったのではないでしょうか。

確かに、その一面はあります。
そうなると、義人は、誇りの為に否定した・・・というより
むしろ、悩んでいたから答えを出せなかったのではないでしょうか?

この場合、小美人の一件を認めた場合、機龍存続は明らかな危機に陥りかねません。義人が小美人とモスラを信じきれていないというのなら、機龍の存続を図る 為に、それを否定する事はありえると思うのです。

逆に、彼が小美人とモスラの言葉を信じたのであれば、戸惑う事なく小美人との接触を報告したかもしれませんね。

と言う事で、この義人の行動は彼の困惑を象徴しており、それを察知した中条が「自分の信じる道をいけ(私はお前を強制しない)」と言ったのでは?と繋がる のではないでしょうかね・・・

> しかし、モスラがゴジラと戦い始めたとたんに自衛隊が何もしなくなるというのはやっぱりおかしいように思います。
> ならば、自衛隊がモスラに加勢したほうが早期にゴジラを倒せることになり、被害を少なくすることができるのではないでしょうか。

あの状況下で、自衛隊の指揮下に動くわけではないモスラを援護するのは
極めて難しいと思うのですよ。
モスラは勝手にゴジラと戦っている訳で、自衛隊の流れ弾がモスラにも着弾するのは確実です。現在の米軍であっても、航空機の陸上部隊への誤爆や、砲兵の誤 着弾は非常に多く発生します。つまり緊密な連絡があってさえ、これですから・・・しかも戦車などは市街地で射撃する為には極めて接近する必要があります。
(建造物が射線を妨害する為)
こうなると、地上を無統制で俳諧し戦闘する怪獣の間に割り込むのは、極めて危険に思えます。
また、モスラは過去において東京を破壊しており、いくら中条の言葉があり、それを総理がある程度信じたとしても、モスラが完全に人類の味方として行動し続 けると信じる事は、すぎには難しいのではないでしょうか?
総理は、本当にモスラが人間に味方してくれるのか様子を見たかったのかも・・・
(小美人は機龍が動くならモスラは敵になるとまでいってましたし)
そして、モスラの危機に、モスラが人間の味方になった事を完全に信じた為、それを(味方を)助けるべく機龍を出撃させたのでしょう。
しかし、それはモスラや小美人の決して望まない道だったはずなのですがね。

成虫モスラが高速で飛び回る場合は、ゴジラに対する射撃に、モスラが飛び込む危険性はかなり大きいと思いますし、幼虫モスラにいたっては、下手に両怪獣 (3匹)の戦闘区域に侵入すると、地上部隊は簡単に踏み潰されそうです。
(特に2匹の幼虫モスラが危険そう(w

せめて、郊外であれば、地上戦であるならば遠距離から支援射撃も出来たでしょうけど・・・そう考えると、後半の自衛隊の援護が少ないのも・・・そうなのか も・・・でも盛り上がり的に欠けるしなぁ(w
やっぱり、前作のモスラなし状態で、自衛隊の全力援護を魅せて欲しかったですな(w

そうそう。米軍では、地上への弾幕射撃の際には、航空機の対地攻撃やヘリの射撃区域への侵入は禁止されます。意外と危険なようですよ。

> もし、ゴジラを倒した後でモスラが人間に牙をむくなら、そのときは機龍でモスラを叩けばいいのでは?

実は…特生自衛隊の装備は、対地上兵器ばかりで、飛行怪獣であるモスラに対し有効に対処できる兵器が見当たりません。
機龍に関しても、空中戦が出来るわけでもなく、あくまでも対地上怪獣用の兵器に思えます。
(旧型メーザー車は設置場所によっては対空火器になりそうですが・・・都市内では射界が取れず、十分な対応が不能と見ます。それに対空捜索追尾レーダー車 も連れてないようですし…完全に対ゴジラ、対地上戦の体制に見えます。まあ、対ゴジラで出動してるので、本来なら問題ないのですが(w)

>この、モスラ鱗粉のアバウトさがなんで気にならないのか今度じっくり考えてみます)

ギドラさんの分析、期待して待っております。

> うーん、怪獣は軍隊(人間集団)ではないので、敵由来のものを何でもかんでも壊すわけでもないんじゃないでしょうか。

しかし、あの世界のゴジラはAH-1含め、ヘリや航空機の攻撃を受けているような…しらさぎは実際に攻撃してますし、さらに劇中に東京上空にAH-1が展 開している映像がありました。そうなると、劇中では描かれていなくとも、そのAH-1が対ゴジラ攻撃に投入されたと見るべきでは?そうなるとゴジラとして は、うるさく飛び回る飛行体に敵意を抱くのも普通かと思います。

> うーーーーーーん、五十嵐が反省したのが、本当にゴジラに含まれる人類の愚かさであったのでしょうかぁぁぁ。

これは、私の希望的推測かもしれませんね(w
この作品の根底に隠れるテーマに、大きな可能性を見つけてはいるので(自爆

(て、書いてる間に年越し(w

あけましておめでとうございます(喜

185  Re:どーもー 殿様ギドラ  2004/01/05 18:26
  男性 41歳 O型 
 遅いレスれす。
>防衛庁でのあれこれ
ちょっと私も自分の感じ方をうまく整理できていなかったようです。
一番引っかかっているのは、義人が態度を保留したことではなくて、劇中で義人が態度を保留したのか否かを見せなかったことなのです。
義人の苦悩を表現するのであれば、
秋葉(父)の質問(「別荘でのことは本当にあったことなのかね」)に対して答えられないさまを見せるか、
信一との対話シーンで答えられなかったことを吐露させるべきではないでしょうか。
義人がどんな態度を取ったのかを伏せることにあまりドラマチックな意味はないように思うのです。

>モスラを助けない自衛隊
なるほど。
自衛隊によるモスラ援護が出来なかったことにも相応の理由があるんですね。
(ああ、しかし、それならそれで、援護したいが出来ない、ないし、様子見なら様子見とわかるようにしてほしかった)
でもなんか腑に落ちないなー。
ゴジラとモスラが間合いを取った瞬間を待って自衛隊が攻撃するなんて描写があってもしかるべきでは?
(『サンダ対ガイラ』では、ガイラだけを狙い撃ちするメーサー車がいたし)
それからLansさんの指摘がヒントになりましたが、このゴジラ対モスラのシーンで自衛隊がモスラを援護しようとする描写を
入れれば味方による誤爆という戦争の一面を見せることも出来たかも。

それから、特自に対空兵器が見あたらないというご指摘。
おかしな話ですね。
だって、ゴジラシリーズのストーリーはなかった世界かもしれないけれど、それ以外の怪獣映画のストーリーはあったのだという触れ込みだったはずです。
ラドンやバランも出現しているんじゃないでしょうか。
それなのに、空飛ぶ怪獣に対する備えがないのは変な話。
特生自衛隊なる設定を持ち込んだのは、怪獣がいる世界をシミュレーションしようとした結果なのでしょう?
それなら、ちゃんと対怪獣の特殊装備の数々を備えていないと・・・。

ただし、私の考えでは、怪獣がいる世界が舞台だとしても人間社会の体制は現実の世界そのままでいいです。
怪獣出現というのは相当大きな社会的事件ですから、その存在をもとにして社会シミュレーションを行ってしまうと、
現実社会とはかけ離れた組織や機械を登場させざるを得なくなり、
もし現実に怪獣が現れたら?というシミュレーションが出来なくなってしまいます。
怪獣映画をシリーズ化するなら、リアルシミュレーションを行う部分とそれをしない部分のバランスをうまく取らなければなりません。
70年代までのゴジラ映画には対怪獣組織は出てきません。
あれほど繰り返し怪獣が出現している世界で、それはおかしなことなのです。
しかし、対怪獣組織が出てこないことにそれほど違和感を持たないのはなぜか。
例外はあるにせよ、ストーリーの基盤を怪獣退治に置いていないからです。
ストーリーの主眼を怪獣退治にしてしまうとどうしても怪獣対策をシミュレーションしなければならず、
シリーズものとなると怪獣対策の歴史も積み重ねることとなり、ゴジラが勝つのか人間が勝つのかという結末を迫られることになります。
これではシリーズが袋小路に入ってしまいます。
ゴジラシリーズにおいて怪獣対策をメインにすることのリスクを当時のスタッフはわかっていたのだと思われます。

機龍シリーズでわざわざ特生自衛隊なるものを登場させながら、対怪獣兵器と思われるものは殺獣メーサー車だけ。
ゴジラが出たので機龍およびしらさぎを作った程度。
特自なんて設定はいらないでしょう。
『サンダ対ガイラ』でメーサー車を運用していたのは、陸自でしょう?
怪獣がいる世界というものを徹底的にシミュレーションしたなら、それはそれでおもしろさも生まれたかもしれません。
(しかし、その世界観で怪獣主役のシリーズものは続かない)
ところが中途半端。

>戦闘区域の監視
空からの監視は無理ですか・・。
監視任務だったら高々度から地上を見渡してもいいんじゃないでしょうか。
あるいは地上部隊から道路状況の報告もなにもないのかと疑問に思うのです。
もし、機龍修理に向かう義人たちの目の前でビルが崩れたのなら不測の事態とも受け取れたかもしれないんですが。
それでもせめて装甲車かなにかで現場へ向かって欲しかった・・。
ここにも特自ならでは特殊装備みたいなものを登場させればもっとおもしろかったんじゃないかとも思います。

>モスラの鱗粉
まだまだ結論は出せませんが・・。
鱗粉攻撃にさまざまなバリエーションが出てきても拒否反応が起こらないのは、モスラへの願望じゃないかと気がつきました。
多分、モスラの鱗粉になんでもかんでもやらせるのはイヤだ!と強く感じる方もいるんじゃないかと想像します。
モスラというのは、平和の使者的な役割を持たされてしまっていて、あまり猛々しいイメージがありません。
私はそこに不満を感じています。
そんな良い子ちゃんはつまらん、と思っているのです。
モスラにも強力な武器があればいいのに、と願う気持ちがどこかにあるみたいです。
そのため、鱗粉が熱線を反射したり爆発しても「イヤではない」んじゃないかと。
しかし、それは私の願望を満たしているだけのこと。
それでいいのだとは思いません。
オリジナルのモスラになかった設定を持ち込むことは正しくないです。
きっとモスラの大ファンの方には不評なのでは?

(それから、いくら戦闘的なモスラを見たいといっても、平成モスラの触覚からビーム発射というのには「引き」ました)

189  Re:どーもー Lans   2004/01/06 01:38
  
 > >防衛庁でのあれこれ
> 一番引っかかっているのは、義人が態度を保留したことではなくて、劇中で義人が態度を保留したのか否かを見せなかったことなのです。

それであるなら同意です。
ただ、義人の描写は、暗に保留を示したとは思うのですが・・・
非常にわかりにくい描写であり、あそこでそのよう描写を行う必要はなかった
と私も思います。


> >モスラを助けない自衛隊
> それから、特自に対空兵器が見あたらないというご指摘。
> おかしな話ですね。
> それなのに、空飛ぶ怪獣に対する備えがないのは変な話。

いや、これは特自としては保有している可能性は大いにあると思うのです。
ただ、その対空装備を「対ゴジラ戦」に持ち出しても、なにも出来ないし
邪魔なだけ・・・というだけです(w

大抵、対空火器というものは、その正確上、対地兵器にくらべ
その破壊力は著しく低下します。
(理由は射程/初速/発射速度/機動性の向上を破壊力よりも優先しなければならない為)
よって、対空兵器は戦車砲弾でさえ大したダメージを与えられないゴジラに対し無力です。
さらに、兵器というものは、その用法に特化していますので、そもそも対空兵器には対地攻撃自体が不可能な場合もあります。
(ほぼ全ての対空ミサイルは地上目標を攻撃不可能です)
(まあ、両用ミサイルも開発されつつあり試験運用もされてますが、一般化はまだ・・・)

との理由で、特自は対空兵器を展開していなかっただけと考えて良いと思います。危険な戦場にわざわざ使わない兵器は持っていきません(w
相手が陸空を持つ「人間の軍隊」と1匹の陸上怪獣では、意味が全く違うと思うのです。

>対怪獣組織

私も、本来は対怪獣組織は、ゴジラ映画に不要と思っています。
対怪獣組織はウルトラでやって欲しいです。
それが東宝怪獣とウルトラの差別化だと、昔から(小学生の頃から)思っています。
(対怪獣組織が嫌いな訳ではないです。いや、むしろ好き)
(でも、それは東宝じゃないと思うだけです)

東宝は徹底したリアルな存在感、現実に虚構が入り込んだ世界
ウルトラは虚構の世界に現実をはめ込んだ世界

そんな風に、ずっと思ってきています。

> >戦闘区域の監視
> 監視任務だったら高々度から地上を見渡してもいいんじゃないでしょうか。

可能ではありますが・・・実はかなり高度なシステムが必要だったりします。
さらに、高空監視は情報解析に時間がかかりやすく、その場での誘導には
あまり向いていないのが事実。

いや、やればある程度は可能なのですが・・・
ギドラしゃんは「ブラックホークダウン」と言う映画を見ましたか?
あれは史実を基に作られていますが・・・
ヘリから地上車両部隊を誘導しようとして、見事に失敗しています。
普段から念入りに訓練し、相互共通のシステム化された指示装置がないと
難しいみたいです。

でも、その映画のように誘導し、失敗して瓦礫で行き止まり
いまさら迂回は時間がかかる・・・って描写も面白かったかも(w

> >モスラの鱗粉
> きっとモスラの大ファンの方には不評なのでは?

私はゴジラに次いで好きなのはモスラでして・・・
で、小学生の頃は、一時ゴジラより好きな時期がありました(w
正直、燐粉攻撃・・・モスゴジの時から、よく判らないんですよね・・・
昔は単なる毒攻撃だと思っていましたが・・・
結局、はっきりした説明は一度もないんですよね。
そもそも初代モスラでは、この攻撃方法自体が存在しませんし(w

その意味では、粉塵爆発とも取れる今回の描写は、まだ意味が見えやすいので
私としては、結構アリかな?とも思っています。

> (それから、いくら戦闘的なモスラを見たいといっても、平成モスラの触覚からビーム発射というのには「引き」ました)

当然でしょう(w
私は引くどころじゃなかったですよ。

190  補足 Lans   2004/01/06 01:48
  
 >東宝は徹底したリアルな存在感、現実に虚構が入り込んだ世界
>ウルトラは虚構の世界に現実をはめ込んだ世界

もうすこし書くと

東宝は徹底したリアルな世界に虚構が入り込んだ世界を見せるモノ
ウルトラは虚構の世界自体を見せる事を主題に置いたモノ

とずっと感じてきています。

192  Re:補足 殿様ギドラ  2004/01/06 18:08
  男性 41歳 O型 
 ん~、どうでしょう。
モスラが来ているんだから特自の対空兵器も臨戦態勢になってないといけないんじゃ・・。
あ、いや、話が逸れそうです。
以前Lansさんがご指摘したように東京に向かってモスラが飛んできた段階で特自が迎え撃たねばならないはずで、
そこで怪獣用対空兵器が用意されてしかるべきでしょう。
そんな対怪獣組織としての特自をきちんと見せる姿勢がぜんぜんないのが残念なのです。

う゛っ、『ブラックホークダウン』は非常に注目していた作品だったのですが、公開時に見逃して未だ見ていませぬぅ。
今度見てみます。
上空からの修理隊誘導は困難なのだということ、納得しました。

東宝怪獣ものとウルトラシリーズの違いはもうほんとにおっしゃるとおりだと思います。
どちらも現実と虚構世界を混ぜてはいるけれど、その比率が違うというか基盤にしているのがそれぞれ逆であるという分析は大納得です。
ウルトラシリーズの場合は、エピソードごとにかなりブレがあるというか振幅が大きいので中には東宝的なものもあるわけですが、
「ウルトラQ」を別にすると中心になるのが科特隊だったりウルトラ警備隊ですから、始まったとたんに非現実的ですから。


174  こうだったら良かったのに(というか少しはマシ) つつ書記長あるいはマイク水銀   2003/12/31 23:47
  
 まず、機龍の設定に関して初代ゴジラの骨ではなく単に以前のメカゴジラ(つまり74年の事件)のノウハウを利用して設計された機動兵器にする (何故ゴジラの貌に作るのは以前の事件にてかなり有効だったということでゴジラを倒すにはいい材料だということで)。次にゴジラの設定を以前の2代目が何 かの理由にて再び狂暴化したということ(これには抵抗もある人もいるとは思いますがオリジナルのゴジラを原点回帰しなおかつ継続するにはこれしか思いつか ない・・・。初代の骨は54年の時点で既に消滅して残っていないし昭和のシリーズとリンクさせることで本来のゴジラシリーズを復活させることも可能か と)。これによってメカゴジラの事件も承諾済みなので割とスムースにいくと思います。さて今回の映画の不満を解消させるにはどうすればいいのか?まずせっ かく中条博士を久しぶりに出したのだから彼を主役にしてストーリーを発展させれば良かったでしょう。次に機龍の暴走をエスカレートさせてそれをストーリー の中核にし同時にゴジラ対策を機龍なしでどうするのかすればいいのではないかと。この場合、以前の電流作戦が有効と思われます。そしてとどめはモスラの幼 虫を180メートルに戻し人類に敵対する二体を押しつぶす(あるいはそのまま海まで沈ませる)ふうにすれば意外性は間違いないでしょうね(あくまで今回の 映画での設定を膨らませて考えればですが・・・・。とにかく前作と印象が同じという点は変わり無しであります)

184  Re:こうだったら良かったのに(というか少しはマシ) 殿様ギドラ  2004/01/05 18:24
  男性 41歳 O型 
 機龍シリーズはゴジラを滅ぼして終わってしまいましたから、結果論としては
オリジナルのゴジラシリーズとリンクしていないことが救いかもしれません。

しかし、GMKの次の年に公開する新作として再びメカゴジラが出る映画にしましょうと
決まった時点では本家ゴジラシリーズと繋げる良いチャンスだったはずです。

GMKが完全に独立した「別作品」であり、流れを分断してしまったのですから
再開するに当たってそれこそリセットして本流に戻すことは容易だったはずなのです。
これはストーリーのつながりという問題だけではないです。
ストーリーだけを問題にすれば、「×メガギラス」もそれ以前のゴジラシリーズとは接点を持たない作品でした。
(1954年事件を発端にしているが、オキシジェンデストロイヤーは存在しないし、1966年にゴジラが原発を襲ったりしている)
それでも、ゴジラの性格が円谷ゴジラに近い描かれ方をしていたのでGMKほどの断絶を感じることはありませんでした。

昨年も少し触れたと思いますが、
機龍シリーズが本家シリーズと接点を持たないことに利点はありません。
(オキシジェンデストロイヤーには触れるが、「水中の酸素を破壊し、生物を窒息させ、そのあと骨さえ残さず溶解する」という重要な設定を
無視しているのでは、オキシジェンデストロイヤーはなかったことと言っているのに等しい。
『ゴジラ』におけるオキシジェンデストロイヤーが恐ろしいのは、生き物をまったく痕跡も残さず消し去ってしまうことにあるのではないか?)
「×メカゴジラ」において1954年以来現れていなかったゴジラを見て、「ゴジラはほかの怪獣とは違う」という理屈で機龍を作り始めるわけですが、根拠が 弱すぎます。
本家シリーズの歴史を踏まえた世界であれば、ゴジラが「怪獣王」であるという捉え方をされていても不自然ではありません。
「東京SOS」も同様。
『モスラ』のストーリーを踏まえながら、『モスラ対ゴジラ』『三大怪獣地球最大の決戦』を無かったこととしているために不自然さが増しているのです。

それから、メカゴジラを出すぞという企画に対して機械化初代ゴジラにしようと考えたのもどうも発想が浅い・・・。
このあたりは「機龍を考える」スレで詳しく書いてみたいと思います。
四式戦車(チト車)さんの167番投稿にも絡む話になると思います。

いまメカゴジラ映画を作るに当たって、ブラックホール第三惑星人事件を下敷きにするのも苦しいかもしれませんよ。
70年代ゴジラ映画はあまりリアリズムには気を配っていなかったので、現実の現代社会に繋げるのは難しいように思います。
また、「vsメカゴジラ」で未来人のテクノロジーを利用してメカゴジラを作るということをやってしまっているのも引っかかる点。

私としては、対ゴジラ兵器ではないメカゴジラを見たかったですね。
(あ、それを言えば、機龍ってGフォース・メカゴジラの二番煎じだ)
メカゴジラ本来の存在理由に忠実なものにして欲しかった・・・。
つまり、偽ゴジラとしてのメカゴジラです。
誰がどういう理由で作るのかが工夫のしどころでしょう。
機龍が対ゴジラ兵器になったのも延々とゴジラ退治の映画ばっかり作ってきたために思考が硬直しているせいでしょう。

あ、モスラ幼虫を一匹にして全長180メートルにするという案は私も大賛成!←でも孵化のタイミングをちゃんと考えないと脱皮して大きくなる時間がとれな いか?
『モスラ』に登場した幼虫がどれほどとんでもないものだったかが、ゴジラとの対比でわかる映画になったでしょう。

「東京SOS」は『モスラ』の続編という体裁をとっていながら、『モスラ対ゴジラ』にだけ目配せしているのは変だ!


176  2004年! 殿様ギドラ  2004/01/01 08:06
  男性 41歳 O型 
 みなさま、あけましておめでとうございます。
とうとうゴジラ50周年の年になってしまいました。

大晦日にもご投稿をいただきまして、感謝感激。

正月の間は私の書き込みペースが落ちると思われるので、(ほとんど書けないかも)いまのうちにお詫びします。

平常に戻ったら、再びぎっちりやりますので・・。

さあ、今年はゴジラの未来にとって非常に大事な年です。
ここで何かが狂えば、後がないかもしれません。←作品が作られなくなるという意味ではありません。
ふんどしのひもを締め直して参りましょう。

177  Re:2004年! ゴジゴメ@ワンタン麺が好き♪   2004/01/01 09:29
  
 ギドラ様 常連の皆様
明けましておめでとうございます 今年もよろしくお願いいたします。
TVで映画サンダーバード6号見ながら打ちこんでいます♪
画質良いですよ~!


178  50周年は営業的に成功しなければ 黒い霊柩車   2004/01/02 11:09
  
 ミレニアム、メガギラス、GMK、機龍、SOSと続いた新平成ゴジラシリーズは、
一作ごとに世界観をリセットするという新機軸(愚行?)を打ち出したため、シリーズ特有のリピーターを確保できていないのが現状ではないでしょうか?現在 のゴジラシリーズを支えているのは、ハム太郎を見に来る親子連れのおこぼれと真性のゴジラファン(コア中のコア)だけだと思います。かくいう自分と自分の 周りの友人も、かなりのゴジラファンだと思いますが、VSシリーズの頃のように、作品に失望しつつも、次回作に期待して劇場に足を運ぼうという気持ちが GMK以降の機龍、SOSの作品に関してはまったく無くなってしまいました。友人とも話したのですが、ハム太郎で感じるいかがわしさを解消するパワーが GMKに比べて機龍やSOSは著しく欠けるというのが共通した意見でした。50周年記念作品が怪獣総進撃のような作品になるなら、ハム太郎との併映だけは 避けてほしいと思います
 

179  Re:50周年は営業的に成功しなければ 殿様ギドラ  2004/01/03 14:42
  男性 41歳 O型 
 いらっしゃいませ。

まだ正月気分で意見交換レベルのレスを書けないことをお許しください。
またの投稿をお待ちしておりますので、ひとつよろしくお願いします。

186  Re:50周年は営業的に成功しなければ 殿様ギドラ  2004/01/05 18:27
  男性 41歳 O型 
 希望的観測ということになってしまいますが・・・。
50周年記念作はかなりの大作になるような触れ込みなので、上映時間も長いのではないでしょうか。
そうなると2本立てはやらないんじゃないかと予想される、ので、あります。

とはいえ、私は通常のゴジラ映画が90分前後の上映時間でハム太郎と二本立てでもいっこうに構いません。
希望するのは、ゴジラもハム太郎ももっとおもしろければいいな、と。
劇場版ハム太郎のクオリティもあまり褒められたものではない・・・。


180  はじめまして だがや   2004/01/04 15:08
  男性 44歳 O型 
  昨年末こちらのサイトを発見しましたが、GMK・GMGの過去ログを読んでからと思っていたら一週間かかってしまいました。
皆さんのレベルの高さに圧倒されていますが、私も少し感想を書きたくやってまいりました。
失笑を買うような発言もあると思いますがよろしくお願いします。

 VSシリーズもミレニアム以降の作品群も言ってしまえば同人誌レベルの2次創作物という印象があります。
たしかに本多・円谷作品以外は2次創作物といってしまえばそうなのですが私は今のゴジラ作品の作り方に以下のような印象を持つのです。

①今年もゴジラ映画を作ろう(何故作るのかという考えは無い)
②対戦相手は何にする?ギドラ・モスラ・メカゴジラ今度は誰の番?(他の怪獣じゃ客呼べないもんなあ)
③前回とどこを変えようか?それともオリジナルに近い線で行く?(いじるかいじらないかというのはいじるのが前提の考え方)
④見せ場はどんな感じ?何を壊そうか?(見せ場があれば客は喜ぶはずだ)
⑤じゃあ、そんなところでストーリー考えておいてね。

 いや、固定の主役で、相手役と場所を決めてから筋書きを考えるのが悪いわけじゃあありません。「男はつらいよ」なんてそれでも主役を変にいじることなく きちんとした映画を作り続けていましたから。
ただ、構成力の無い人が上記のような作り方をして筋の通った話は作れないだろう、ましてや感動させる話なんかできやしないだろうと思っております。
実際上記のように決めているかどうかは知りませんよ。想像してるだけですから。
でもそう思えるほど、筋の通ってない話が多すぎますよね。
それでも、今回の映画で好きなシーンもありましたから、それについてもまた語らせてください。

 

181  Re:はじめまして 殿様ギドラ  2004/01/04 17:10
  男性 41歳 O型 
 いらっしゃいませ~。
GMKやGMG掲示板のログにまで目を通していただけるとは感激です。

どんどんご意見を出してください。
よろしくお願いします。

>みなさま
私は明日から本格復帰。
いちおうお知らせしておくと、この掲示板はレスがつくと親記事が浮上するシステムにしていますので、
レスの付き方によってスレッド順が変わることになります。
また、読み返すときのことを考えると、同じ話題は出来るだけひとつの親記事にまとまるようにしていただけるとありがたいです。
(といっても、ひとつのスレッドがやたらと長くなるのも読みにくいので、どこで新スレッドを立てるかは適宜判断してください)←なんてことをだがやさんへ のレスで書くのもまずいっちゃぁまずいか。と、結構いい加減。


182  好きなシーンについて だがや   2004/01/04 17:23
  男性 44歳 O型 
  今回の小美人、僕は良かったですよ。何よりも歌が上手かった。
初代のザ・ピーナッツは双子の歌手だったから上手くて当然なのですが、
同じ顔で歌が上手いということは小美人の神秘性にとって欠くことのできない個性だと思っています。
最近では小さい美人であれば何でも良い見たいな扱われ方だったので
本作のきちんと歌える小美人は好感が持てました。
もちろん、その体格差は神秘性を削ぐ残念な要素でした。
合成時に二人のサイズを調整する予算や時間は無かっただろうけど
特撮ではなく普通に撮影する時にでも体格差をごまかす技法は
いくらでもあるだろうと思うともう少し工夫して欲しかったですね。

 戦闘シーンのいくつかの場面。
◎機龍がビルの陰から左右と上からミサイルを撃つ。
ゴジラは直接ビルを突き抜けて反撃をする。というシーンでは
考える人間と、直接的な怪獣の違いが見て取れる。
◎モスラ幼虫に放射能火炎を放つ前に横目でにらみつけるゴジラというシーンでは、ゴジラの「しゃらくさいやつだ」という意思を表現しているよう。
◎鱗粉で放射能火炎が誘爆するシーン。単純に面白かった。ただ、何が起きたか判りにくいシーンだったので、「モスラは放射能火炎を封じ込めた」といった台 詞が欲しかった。
◎義人脱出のシーンで荷物が先に落ちるシーン。アレで「落ちたら怖いなあ」と実感できた。これは映像表現の基本なのかもしれないけどこうした工夫で怪獣の 怖さも、大きさも、速さも実生活の何かと結びつけて実感できるのではないかと思った。
◎怪獣造型はよかったです。僕はVSシリーズの聳え立つ塔のようなゴジラも好きですが格闘戦向きの機龍ゴジ・SOSゴジも好きです。
機龍もモスラも良かったです。

 手塚さんの作品はアップと引き、見栄を切るシーン、戦闘のつながりとスピード感などが、VSシリーズの戦闘と比べると面白いと思います。
怪獣映画のハイライトはなんと言っても戦闘シーンですからね。
ギドラさんの過去ログを読むとまだまだと評されていますが
広いセットで向かい合って光線などを打ち合うだけのVSシリーズよりは
まだ良いと思います。
僕などVSシリーズで戦闘シーンになると眠くなってしまいますから。
(あ、石を投げないでください。すみません。)
もっとも、本作でもゴジラと機龍が組み合うと抱き合ったまま動かない
退屈なシーンになってしまうのは残念でした。

僕としては戦闘の一つ一つが攻め手の意図が見える攻撃、受け手の意図がわかる受け方というシーンにして欲しいです。
人であれ、怪獣であれ戦闘はただ漫然とやる物ではありません。
文字通り本当に必死のはずです。
牽制であれ、抵抗であれ、時間稼ぎであれ、相打ち狙いであれ、作戦・計画行動であれ、とっさの判断であれひとつひとつの動作についてその狙いが判らないと 退屈になります。
こんなことは野球マンガでも格闘技マンガでもみんなやっています。
漫然とした戦闘シーンに見えるとしたら、特撮画面を見せておけばよいという演出の手抜きなのでしょう。
好きなシーンについて書いているはずなのになんだか文句が出てしまいました(笑)。
皆さんの忌憚の無いご感想をお待ちしております。
皆さんの御意見を伺いたいです。
 

187  Re:好きなシーンについて 殿様ギドラ  2004/01/05 18:29
  男性 41歳 O型 
 ようやくちゃんとしたレスが書けます。

だがやさんのご意見にはうなずける点が多くて、「いよっ、その通り!」と喝采したくなっちゃいます。

いまのゴジラ映画の作り方についての厳しいご意見もそんなことはないだろうと言わなければと思ってはみたものの、
明確に否定は出来ないです。
きっとスタッフの方々は真剣に取り組んでいるのだろうとは想像していますが、楽しめないという事実は残ります。

登場させる怪獣や今回はこれが見せ場です、というハイライトばかり先行してストーリーの組み立てをおろそかにしている感は否めないのです。
90分~110分のCMを見せられているとでもいいましょうか・・・。
データがないので想像でしかありませんが、作品そのものより周辺で利益を上げることが優先されていませんか?
はっきり言うと、オモチャを売るために映画を公開していませんか?
テレビの子供向け番組だとオモチャのために内容に干渉されることが珍しくないらしいですね。
ゴジラのオモチャは毎年売り出されていますから、それなりに売れているのでしょう。
オモチャを売ることが悪いわけではありません。
しかしオモチャが売れさえすればそれでいいという体制だとしたら大問題です。

(これが、だがやさんの「①今年もゴジラ映画を作ろう(何故作るのかという考えは無い)」に対する答えだったらどうしましょう)

断片的なイメージだけで楽しめる人は幸せです。
でもそれは劇映画の見方ではありません。
同じ怪獣にバリエーションが出来ることで喜べるなら幸せでしょう。(背びれがとんがった、白目になった・・・)
でもそれは怪獣を作り物だと突き放して見ていることです。

オモチャも売りましょう、コレクターも満足させましょう、その上できちんと筋の通ったおもしろい映画を作ることは出来るはずです。

頼みますよ、50周年。
50年間続いたシリーズだと胸を張るためには、「続いて」いなければならないはずです。
『ゴジラ』(1954)に始まったシリーズは1975年に中断したままです。

と、ちょっと話がそれました。

『東京SOS』で、だがやさんが良かったとおっしゃるシーンにもほぼ同感です。
機龍がビル陰からミサイルを発射するシーンは、上下左右の空間をカメラがポンポンポンと切り替わって小気味よく見せてくれました。

私も平成vsの怪獣バトルより×メガギラスや機龍シリーズのほうが躍動感があっていいと思っています。
平成vsはそれほど繰り返し見てはいない(といってもよほど気に入らないもの以外は数回以上見ている)のではっきりとは言えないのですが、
戦いの状況を的確に伝える映像構成が出来ているか、となるとvsシリーズのほうが良かったかもしれません。

で、不満だとおっしゃっている点がまさに私がまだまだだと感じたことなのです。
格闘シーンにもいわばストーリーがなければならないはずです。
攻撃・防御のアクションはそれぞれが独立しているものではないです。
攻撃されたから防御するのであり、防御しながら攻撃の糸口を見つけ・・・とずーっとつながっていくものです。
格闘の流れにももっと気を配って欲しいですね。

最後になりましたが、うーーん、今回の小美人、歌がうまかったっすか・・・・・。


183  始めまして エクセルシオール   2004/01/05 14:12
  男性 24歳 A型 
  初めて投稿いたします。この映画を観た率直な感想は「ゴジラとはこんなに弱かったのか」というものでした。映画のラスト、ゴジラはメカゴジ ラにやられてぶっ倒れ、あげくのはてには海の藻屑になってしまいました。これはひどすぎます。どうもミレニアムシリーズになってから、ゴジラも他の怪獣も ひどく弱体化していますが(原因は自衛隊へのくだらない遠慮にある)、とうとういきつくところまでいったと思います。ゴジラが、怪獣こそが「主役」ではな かったのでしょうか。これでは人間が主役で怪獣はおまけです。モスラに負けるのはしかたありませんが、メカゴジラと自衛隊には完勝すべきだったと思いま す。強い怪獣の復活を切に願います

 次に本編部分についての感想をすこし。前作にもいえることですが、自衛隊員同士の「体育会系」の人間関係が好きになれません。もっとサラっとできないも のでしょうか。また、ミレニアムシリーズ全てにいえることですが、素朴な「軍事力信仰」といえるものが強くなっているのも気がかりです。

 三つ目に、最近はモスラとメカゴジラとキングギドラばかりが登場しています。新怪獣を作る能力がなくなっているのでしょうか。

 最後に、99年にゴジラが復活して以来、私は失望のし通しです。それでもいつかは自分の好きなゴジラがよみがえることを祈りつつ、映画館に通っていま す。今年はゴジラ50周年、いい映画が作られるといいのですが。


PS・・・このホームページを見つけたのは、『ゴジラ・モスラ・キングギドラ大怪獣総攻撃』に対する批判的意見を探していたときでした。GMKの掲示板を 読み、「自分と同じ意見の人もいたのだ」と安心しました。

188  Re:始めまして 殿様ギドラ  2004/01/05 18:31
  男性 41歳 O型 
 ようこそいらっしゃいました。

ゴジラが弱すぎるというご指摘、まったくその通りですね。
ゴジラが勝つ、となると『ゴジラ2000ミレニアム』のようなオープンエンディングといえば聞こえが良いけれど、
結局のところ収拾がつかなくなって終わってしまうし・・・。

人間のがんばりを見せるのは間違っていないけれど、ゴジラ退治で成果を上げるさまでなくてもいいはずなのに。
「東京SOS」は少し違っていますが、人間が作った対ゴジラ兵器機龍がゴジラに勝ってしまうのですから
これまた人間の勝利という結末になってしまっています。
(初代ゴジラの意志が動き出す前にゴジラは完敗しているし)

魅力的な新怪獣は望まれるところです。
再登場再々登場に耐える魅力を持った特徴・性格・デザインの怪獣を作れるのかどうか。
vsシリーズにはけっこう新怪獣が出てきましたが、なかなか再登場には至りませんね。
あまりにもストーリーに依存した怪獣ばかりだったのが問題かも。

50周年記念作は、傑作といわれているゴジラ映画の魅力をきちんと分析した上で製作して欲しいものです。

GMK掲示板から探し当てたんですね。
全般にお若い方にはGMKを高く評価する人が多いように思います。
エクセルシオールさんの周りにもGMKがいいという方が多かったのではないかと想像しています。
GMK掲示板大全がお役に立ったなら本望です。


196  始めまして ゴンタ   2004/01/07 18:50
  男性 33歳 O型 
 初めて投稿します。自分はゴジラよりモスラが好きなので、モスラびいきの内容ですが、勘弁して下さい。
今回の映画を見ての感想ですが、メカゴジラ単では興行ノルマが危ない為にモスラを登場させたのか、やはり、モスラいなくても良かったのではと感じました。 ゴジラとの戦闘でも、正直ゴジラになんもダメージを与えず、勝手に消耗して負けたって感じがしました。怪獣も生き物というコンセプトであるなら、モスラの 燐粉も毒燐粉でそれを吸ったゴジラは苦しみ、放射能火炎も引火と旋風で自爆を繰り返す(1回だけでは正直物足りなかったから、最低2~3回は自爆して欲し かった。)倒れこんでしまう。もちろんモスラも捨て身の攻撃で徐々に体力を消耗し、動きが鈍くなった時に、ゴジラが尻尾で一撃を加え、バランスを崩したモ スラに、放射能火炎をお見舞いする。そこで、モスラも墜落しお互いにダメージを与える。モスラはなかなか飛び立てず、ゴジラが何とか立ち上がろうとした時 に、メカゴジラが到着し、ミサイル攻撃を仕掛ける。ゴジラはモスラとの戦闘でダメージを受けたが、強靭な皮膚はミサイルをものともせず、逆に先頭本能を掻 き立てられ、メカゴジラとの対戦が始まる。あと、モスラがメカゴジラをかばったため火炎を受け致命傷を受けてしまい、幼虫モスラと会いそこで絶命する。 (爆発させる必要は無いと思います。)こんな流れはどうでしょうか?
 幼虫モスラの糸攻撃も、ただ雪のよに降らせては、何やってんだろうって感じでした。また、ゴジラを絡め取ったときも、全然量が少ないじゃん、もっとしっ かり絡めろよって感じでした。原型がはっきり分かる程度では意味ないんでは…?形が分かるほど絡めてはダメなんですかね。
 まっ、そんな感想だったんですが、最近のゴジラって、人間とか平和とかメッセージ性が強すぎ、少々うざく感じてしまいます。何か他の特撮怪獣映画とは違 うんだよって製作者が言っているように感じてしまって。もっと自分は俗っぽくてもいいんですが…。昔のゴジラってもっとストーリーの中にメッセージが隠さ れていたような感じがします。
 役者ももっと上手い役者を使用したほうがいいのでは?今回の主演の役者さんは、設定が若いのか中堅なのか全然分からず、ただうるさい演技だなって感じま した。
今回観て感じたことを長々と書いてしまいました。すみません。
 

199  Re:始めまして 殿様ギドラ  2004/01/08 13:08
  男性 41歳 O型 
 ゴンタさん、ご投稿ありがとうございます。

モスラとゴジラの戦いに関して詳しい動きまで考えてくださったんですね。
ゴンタさんの戦いのイメージ、私もよくわかります。
とくに鱗粉による爆発を複数回にせよというご意見には大賛成です。
あまり何度も繰り返すとゴジラがバカに見えますが、あの一回だけでは何が起こったのか伝わりにくいですし、
ゴジラにダメージを与えるなら一回では物足りないですね。

幼虫モスラの糸攻撃に対する不満もわかります。
『モスラ対ゴジラ』では暴れるゴジラが徐々に縛り上げられていく過程がちゃんとわかりましたが、
「東京SOS」では過程を省略しているだけでなく、感覚的にあれじゃゴジラは縛れないだろというようなものでしたね。

で、最近のゴジラ映画はメッセージ性が強いというより、これがテーマですよというお題目を言葉で押しつけるだけなんですよ。
そんなやり方でも、とりあえず言葉で示されると「あ、テーマがあるのね」と納得しちゃう向きもあるようで、それも問題。
決して言葉(セリフ)を軽んじるわけではないですが、ストーリーとして描かれていないものをセリフだけで押しつけられてもしらけるばかりですよね。

役者さんの問題は、たぶん今の日本の芸能界全体の問題かも・・・。
(部分的ではありましたがG×MGを見直したら、やっぱり釈ちゃんは優れた女優だなと思いました。惜しむらくはシナリオが・・・・)


197  機龍の記憶シーンについて 四式戦車(チト車)   2004/01/08 11:43
  男性 20歳 A型 
 後半でゴジラの咆哮により機龍(初代ゴジラ)の記憶が再生され義人と感応するシーンでは茜の記憶も挿入されていましたが・・あれは別に違和感 ないと思います。確かあれは前作で茜が「機龍!私に力を~!!」と叫ぶシーンであり、その時、茜の声に呼応するかのように機龍の目がジュワ~と光りまし た。このことから一応、機龍のメモリー上に茜も記憶されていたと解釈できるのではないでしょうか?それよりも何よりもゴジラの非好戦さ・貧弱さとメイン役 者のダイコン演技が非常に鼻に付きました。

200  Re:機龍の記憶シーンについて 殿様ギドラ  2004/01/08 13:10
  男性 41歳 O型 
 どーでしょー。
あの目の光をどう受け取るかなんですが・・。
いちおう193番投稿に私の考えを書いてあります。

それと機龍のメモリーに茜の叫びがあるというのも機械設計的には無理がありそうです。
機龍内部のメンテナンス用操縦室にカメラやマイクが仕込まれていて、常に様子を記録しているのかどうか。
それを機龍のメモリーに保持するのかどうか・・・。
機龍という機械の運用を考えるとそんな無駄なことはしないんじゃないでしょうか。

それと前作で初代ゴジラが茜を認識していたとも思えないんですよ。
ですから、GMMGラストで意識を取り戻した初代ゴジラが機龍の記憶装置をサーチしたとしても茜の記録に注目する理由が見あたらないです。


202  玩具を売らんがための映画 だがや   2004/01/09 01:31
  男性 44歳 O型 
 187番の殿様ギドラさんへのレスですが新しくこちらに書かせていただきます。
TVの特撮やアニメでは玩具会社が提供に付いておもちゃを売るためのプロモーション的な意味合いがあるのは昔からの常識ですね。
 しかし映画のゴジラシリーズもその傾向があるのは否定できません。
VSシリーズの頃からバンダイのソフビもガレキ並みに出来が良くなってきたので私も買い始めましたが、始めは昭和シリーズの怪獣ソフビをぞくぞくと出して いたのでゴジラは同じソフビで通していたようですが
何時の頃からかゴジラも毎年少しづつ変更するようになりました。
それでも買ってしまう自分も問題なんですが(爆)。
 メカゴジラやモゲラなんかもソフビ以外におもちゃを展開しやすいキャラなのでバンダイさんからは要求があるのではなんて想像しちゃいます。

 ここで仮面ライダーについて語るのは板違いなのでしょうが、平成シリーズでは玩具を売ることには成功しているようですが、初期の構想がきっちりまとまら なかったり、構成が崩れまくったりと作品としてはけっして褒められた創りとは思えません。
刺激的な場面や一見燃える展開を繋いでいくことで評価されているのはGMKが興行成績が比較的良かったことに通じるのかもしれません。
しかし、脚本軽視の現状では一般のもっと多くの人たちに受け入れられる映画にはなりません。
 私は、「踊る大捜査線」や「ラストサムライ」といった特撮以外のジャンルの映画とも肩を並べる「ゴジラ」が見たいんですよ。
もちろん宮崎アニメや「ハリポタ」「マトリクス」と興行成績を争う「ゴジラ」であって欲しいです。
こちらの掲示板を見るようになってからあらためて脚本の大切さを感じるようになりました。

 私も「あの言葉」で閉めてみたい気もするのですがそれはおこがましくと思いますので殿様ギドラさんやLansさんにお任せします。

206  Re:玩具を売らんがための映画 殿様ギドラ  2004/01/09 17:35
  男性 41歳 O型 
 どうもここ数年の動きを見ていると、全国民的なフィギュアブームにゴジラも乗っかっているのかな、と思えるのです。
それ自体は悪いことではないし、私も夢のようなアイテムを手にすることが出来ていますから喜ぶべきことです。

それでもなにかひっかかる。
新作が公開されたとき、ストーリーより「○年ぶりに○○登場」「今度の○○は××になった」というような宣伝が多いように思われます。
一種のブランド商法というのでしょうか。
新作映画を公開することで、旧作に登場したキャラクターも含めた商品を売るきっかけにしているんじゃないかと感じるのです。
(これで新怪獣がなかなか出てこないことに説明が付いてしまう。メカゴジラと名付ければ、機龍に便乗してGフォースメカゴジラもブラックホール第三惑星製 MGも売り出せる)
そういう発想だと同じ名前で別の怪獣を作り出すことになり、怪獣の特徴によってストーリーが左右される怪獣映画ではお話がゆがんでいくのも当然といえば当 然。

現場のスタッフがどんなにがんばっても、金を握っている「権力」には逆らえないという部分もあるかと思われます。

しかし、商売人たちがもっとも恐れることは品物が売れないこと。
観客が厳しい目をもって、つまらないものにはつまらないと声を上げなければならないでしょう。
つまらない映画のグッズは買わないという姿勢も必要かもしれません。
私はゴジラ映画に関しては絶対に新作を見に行きますが、つまらなかった作品の映像ソフトを買うことはしません。
嫌いな作品に登場した怪獣のフィギュアを買うこともしません。←食玩だとハズレを引いてしまうこともあるので辛い。
(ゴジラと名付けられていても、ゴジラを全種揃えようとは思わない)
商品の売れ行きが次回作の内容を左右することもありはしないか、と疑ったりするのです。
それはあくまでも私のやり方であって、みんながそうするべきだとは思いませんし、無差別にグッズを買ってくれる人に助けられている面も否定できません。
たくさん売れてくれるからこそマイナーキャラクターの商品も出せるのでしょうし。

そんなこんなで、結局は作品そのものの評価をきっちりやることが大事ではないかというところに落ち着きますね。
昨年のG×MGに関するライターさんたちの寸評が雑誌「宇宙船」に列挙されていましたが、甘すぎるものが多いです。
特撮冬の時代の記憶がまだまだ強いのか、怪獣映画保護政策みたいにとりあえず褒めとけ的な感想が多い。
それではいつまで経っても質の向上は望めないんじゃないでしょうか。

全体に脚本(ストーリー)を読み取る力が弱まっているんじゃないかと危惧しています。

もっと悪いのは、みんなが「個」の中に閉じこもり「ひとそれぞれだから」と価値観を相対化しつつ実は己を絶対化している現状。
(私が思うオタクの定義は上記のような態度です)

ああ、話がずれました。
脚本軽視なのは、作り手の問題というより観客の問題ではないかと思うところもあるのでした。
なんとか悪貨が良貨を駆逐するような事態は避けたい。
下げても受け入れられてしまうなら、作品のレベルは下がる一方でしょう。

「あの言葉」は、だがやさんもどうぞ使っちゃってください。
あんまりみんなで連呼してしまうと、変な宗教みたいになるのでまずいですがぁ。


207  機龍を 考える(つづき) 殿様ギドラ  2004/01/09 17:38
  男性 41歳 O型 
 もう161番がすごく長くなってしまったので別立てで・・。

私自身はメカゴジラファンではないし、メカゴジラに入れ込んではいないのでその魅力を語る資格はないと考えています。
機龍シリーズにおいて、メカゴジラの名の下に別のロボットが登場したことを深く論じるのはメカゴジラファンの役割だと思うのであります。

でも、その件についてあまり意見が出てこないみたいでもあり・・・。

昨年も書いたことをちょっと繰り返しますと、もともとメカゴジラというのは姿形をゴジラに似せていてもまるでゴジラとは違う存在であるというところにおも しろさがあったのではないでしょうか。
・生き物ではない
・感情がない
・誰かに操られている

強い、という要素以外はことごとくゴジラとは逆であるのがメカゴジラ。裏ゴジラとでもいいましょうか。
そのくせ姿はゴジラを模している。
このギャップが良かったんじゃないでしょうか。

(『ゴジラ対メカゴジラ』や『メカゴジラの逆襲』に登場したMGはすさまじい破壊力を冷徹に使ってみせるところが、ある意味かっこよかった)

Gフォースのメカゴジラにまで言及するとややこしくなるので省きますが、
では機龍はなんだったのか、と。

中にゴジラを仕込んでしまったのですから、「裏ゴジラ」ではないことは明瞭です。
ではゴジラなのか?
機龍の描かれ方にはゴジラらしさもありません。
前作で、意識を取り戻したとたん武器を乱射する姿も実はゴジラらしくないです。
ゴジラはきっかけがないと暴れないものです。(少なくとも本家ゴジラは)

ゴジラ由来の骨格を持ち、ゴジラの鳴き声にシンクロし、と、ゴジラであるかのようなネタ振りがあってもその行動は人間の手先でしかない。
どっちつかずですよ。

『ゴジラ×メカゴジラ』の製作発表があったころでしょうか、今度のメカゴジラは初代ゴジラのクローンを元にして作られるという噂が聞こえてきました。
(まさか骨格をまるまる仕込むとは思いも寄らなかった・・)
そのとき私が考えたのは、メカゴジラといいながらゴジラ対ゴジラをやるつもりなのだな、ということでした。
ゴジラを倒すためという大義名分のためにもう一匹のゴジラを作ってしまう人間。
しかし人間にはコントロール不能なのがゴジラですから、クローンゴジラを完全に操ることも出来なくなってさあ大変という話になるかなどと夢想したもので す。

できあがった作品を見てみたら、初代ゴジラを再生したものではなくてその一部を利用したロボットらしい。
メカニコングや最初のメカゴジラのような自律性もないようだ。
Gフォースメカゴジラを遠隔操作にしただけという印象。
中盤で人間のコントロールから脱するものの、それはその後のストーリーになんにも絡むこともなく機龍は従順に人間の操縦に従いっぱなし・・・。

そして「東京SOS」。
操られるだけの機械ではないということをラストで示しますが、結局のところその行動は操られているのと同じ。
中途半端。
機械なのかゴジラなのか中途半端。
人間の過ちを象徴する「負の存在」なのか、人間の英知を象徴した「正の存在」なのか中途半端。

これではゴジラとの対戦にも劇的な盛り上がりは出ません。
ゴジラと機龍が対立関係にあるのか協調関係にあるのかが、実に曖昧なまま最後までごまかされてしまうのです。
(167番で四式戦車(チト車)さんがおっしゃっていたことと通じるでしょうか)

そりゃ、世の中のことは何もかもすっきり割り切れるものではありません。
しかし、暴力を以て戦うというのはちゃんとした理由がないと成立しません。特に相手を殺そうとまでするなら。
もし対立関係にないものが戦わざるを得なくなるというなら、それはそれで重いドラマになりますからそこをきっちり描かなければなりません。
(機龍シリーズのあり方として↑の方向で持って行くことも可能だったはず。人間によって相争わされるゴジラたちの悲劇を表現できれば人間批判のドラマにな りえたかもしれない)

機龍の中に初代ゴジラを仕込むというのは、ちょっとした思いつきのレベルで止まってますよ。
それも本来骨など残っていないはずの初代ゴジラなのですから、掘り下げもしないアイディアにわざわざ事実と違う道具立てを持ってくるのもおかしなことで す。
(機龍の中に初代ゴジラの骨が入っていなければならない作劇上の理由がさっぱりわからない。ゴジラが機龍に惹かれて日本に来るという設定のためなら細胞の 切片があればそれでいい)

というわけで機龍もまたなんだかわからない存在だったという印象になるのです。

220  Re:機龍を考える(つづき) ROM   2004/01/17 00:40
  男性 17歳 
 はじめまして。
以前から拝見させていただいていた、ROMという者です。
正直に言いますと、皆様がファンであるとすれば
一見さん程度の知識だと思います。拙い知識で議論に加わることを
お許しください。

殿様ギドラ様の機龍(及び怪獣全体)に対する見解について、
いくつか質問したいことなどを書かせて頂こうと思います。


・機龍の中に初代ゴジラを仕込むという案は意味不明

この理由は何より、ゴジラや他の怪獣が狂ったような重さだからでは
ないのでしょうか。身長50メートルで2万トンという体重でありながら
二足歩行し、かつかなりの素早い動きができるというのは
常識離れした強靭な筋肉や腱があることはもちろん
骨格がすさまじく頑丈である、というのも理由の一つに
なるのではないでしょうか。どう考えても普通の生物にある
カルシウムの骨とは全く違うはずでしょう。ゴジラを例にとって見れば、
海底に半世紀も放置されていながら背びれの一つさえ
欠けていないというのは普通有り得ない事ですよね。
2万トンを越えるような怪獣と格闘戦をしようというのなら
それに対抗できるだけの重さ、速さである必要があったのでしょうが、
そんなものを既存の素材で作ろうと思ったらピラミッドンになってしまう。
しかし、ゴジラの骨ならそれに最適の素材だと考えられないでしょうか?
そもそも劇中で説明していない事柄だからダメなのでしょうか?


・DNAコンピュータの設定

こんなものを持ち込んだこと自体がバカであることは全くその通りだと
思います。おそらく、用があったのは「DNA」の部分だけなのでしょう。
この「DNAを用いたコンピュータ」が、「機龍の中にある初代ゴジラの部分」として観客に認識されると考えたのでしょうね。
特に知識のない方々はなんだそりゃと思いはしても
「そういうモンなのか・・・」と流していたのでしょう。
そういう嘘は今までいくらでもありましたが、
公式サイトに科学的に正しいと書いていたというのは最悪だと思います。


・暴走機龍の行動がゴジラらしくない

目が覚めた時、全身が今までにない異常な感覚に包まれている上に
見たこともない場所、わけのわからない状況に置かれた野生動物は
何より先に恐怖し、混乱するのではないでしょうか。
言ってしまえば、脅えて暴走するしかなかったとは
考えられないでしょうか。加えて、大きな「仲間でないもの」が
すぐ側を轟音を立てて飛び回っていれば腕を振り上げて威嚇しても
おかしくはないと思います。時計の鐘の音に驚いて襲い掛かったという
前例もありますし。ここはどう思われますか?

231  Re:機龍を考える(つづき) 殿様ギドラ  2004/01/19 18:18
  男性 41歳 O型 
 ROMさん、はじめまして、ようこそいらっしゃいました。

(情報としての)知識はあるに越したことはないけれど、知識のあるなしより深い思考のほうが重要だと思ってます。
(情報というのはどこかのなにかに書いてあるものですから、調べることで埋めることが出来る)
遠慮なさることはないですよ。

機龍に初代ゴジラを仕込むというアイディアそのものを否定しているわけではありません。
その掘り下げが浅すぎるというのが不満です。
否定しているのは、機龍内部に初代ゴジラの骨を入れるということです。
ROMさんが考えたような設定があるならともかく、
機龍が2万トン前後の重量を持たねばならないとか、初代ゴジラの骨が40年以上海中にありながらなおその強度を保っているなどという話はまったくありませ ん。

機龍を考えるスレの最初に書いていますが、機龍シリーズは機龍そのものの描き込みが浅すぎます。
どんな構造なのか、どんなメカニズムなのかさっぱりわからないのです。
宇宙人やアウトローが作った謎のメカならそれでもいいのですが、日本政府が国家予算で作ったロボットとしては説得力がなさすぎるのです。
(そもそも機龍の中に初代ゴジラの骨が入っているのかどうかすら『ゴジラ×メカゴジラ』ではあいまいである。資料本などで仕入れた知識を振り捨てて、作品 そのものを見直してみてください)

ROMさんは初代ゴジラの骨が40数年海中にあっても形が崩れていないことで、その強度も保っているだろうと考えた。
しかし私は、かろうじて形を保っているだけで、水槽から出せばすぐぼろぼろに崩れるだろうと見ました。
海水に浸かっていた骨が劣化しないはずはないという常識があったのです。
なんにも説明がないのですから、どちらも否定できない考えでしょう。
劇中の描写だけでは、初代ゴジラの骨を機龍に仕込むことにみんなが納得できるようにはなっていないのです。

機械設計の基本を考えれば、内部にフレーム(骨組み)を入れるより、外殻が構造強度を持っていたほうが内部設計の自由度が増すんじゃないの?とも思えま す。
(2万トンの体重を支えられるかどうかわかりませんが、カーボンコンポジットを使えば相当の荷重・衝撃にも耐えるでしょう。東京タワーは鉄骨だけで支えら れているのですから)

と、書きましたが、まずいことに機龍シリーズを見る限り、ゴジラや機龍の体重は2万トンではないようです。
(ゴジラが海中を泳ぐシーンもありますね。昔読んだゴジラ本には体重2万トンのゴジラは海底を歩いているはずだとの記述があった・・)

ゴジラは機龍の体当たりで弾き飛ばされます。
ということは機龍と同等か、それより軽いのがゴジラ。

機龍はしらさぎにつり下げられて移動します。
また機龍本体に搭載されたロケットエンジンで爆発的な加速が出来ます。
2万トンもある物体をしらさぎが持ち上げて飛行できるのか?(大型タンカーをつり下げている図を想像してください)
あの程度のロケットエンジンで2万トンの物体を急加速出来るのか。(発進時の米スペースシャトルは約2000トンだそうです。そのロケット噴射を思い出し てください)

機龍は2万トンもの重量ではありえないと考えたほうが自然ではないでしょうか。
もちろん、劇中では全く描かれない「設定」を加味すれば説明はつくでしょうが、それはもはや作品の鑑賞ではなくて創作になってしまいます。

機龍には既知の材料で支えうる重さしかないように思えます。←わざわざゴジラの骨をフレームにする必要はない。

それに初代ゴジラの骨が人間が開発した新素材より優れた強度を持つのか否かというあたりは劇中で明かされてしまっています。
注意深く作品を見ると、機龍のDNAコンピュータを示すモニター画面にA(アデニン)G(グアニン)C(シトシン)T(チミン)の配列が表示されていま す。
これらの塩基を元にしたDNAからは通常の地球上の生物と同じ組成の体しか作り出せないはずです。
これでゴジラの骨が未知の物質である可能性やゴジラの体重が2万トンである可能性を潰しています。
(ゴジラを解析するな、と申し上げたことに連動する)

機龍シリーズを見る限り、機龍内部に初代ゴジラの骨を仕込むことには意味がないと思われます。


DNAコンピュータを設定に取り入れたことは悪くないんです。
最新技術をストーリーに取り入れて、スーパーメカに説得力を持たせるのはいいことです。
問題は、DNAコンピュータの作動原理をまるで勘違いしていることと、その運用がどうなっているのかまるで描かないこと。
これでは観客に誤った知識を与え、描きもしない新技術の名前を持ち出すことで観客に余計な思考を強いていることになります。
機龍を初代ゴジラにしたかったのなら、生体ロボットだのDNAコンピュータだのといわずに、クローン初代ゴジラから大脳(があるのかどうかわからないけれ ど)を切除したものにしたほうがよほどスムーズだったでしょう。
(あ、それじゃメカゴジラとは言えないか)
それにしてもDNAコンピュータの説明のいい加減さは過去に例を見ないほどすさまじいです。


機龍暴走シーンについては、もう一度『ゴジラ×メカゴジラ』を見直すことをおすすめします。
あとで考えればROMさんのような考え方も出てくるのでしょうけれど、実際の描写がどうなっていたか。
私が問題にしているのは、暴れたことではなくて、どのように暴れたのかなのです。
暴走機龍に初代ゴジラを感じることが出来るのかどうか。
『ゴジラ』(54)のゴジラに似ているとしたらどこなのか。
劇中、湯原が「まるでゴジラだ」と言いますが、それは町を壊しているという事実からそのような発言があっただけにしかみえない。
目覚めた野生動物の恐怖や混乱が表現されていたとは思えないです。

というところで答えになりましたでしょうか。
小難しいことの多い掲示板なので、投稿するにはなかなか勇気がいることと推察します。
今回質問を投げかけてくださったことに感謝いたします。

237  Re:機龍を考える(つづき) ROM   2004/01/19 21:19
  
 お忙しい中、回答ありがとうございました。
引き続き質問をさせていただきたいところがあります。
もう少々お付き合いください。


・劇中で語られない設定を加味して説明をつけるのは鑑賞ではなく創作

映画を見る限りではゴジラの骨が入っているのかどうかすら曖昧であるとの
ことですが、ゴジラの骨を引き上げるシーンがあって、
科学者にそれを見せ、機龍が開発されたシーンに続いていけば
流れとして骨組みに使ったんだろうと連想してもいいと思います。
使っていないならそもそも何のために丸ごと引き上げたのかわからないし・・・
骨が特殊素材である、しらさぎはたった二機で4万トンの機龍を
運べる、というのを証明しようと思えば凄まじく無理のある「設定」を
持ってくるしかないでしょうね。

質問なのですが、殿様ギドラ様はパンフレットや公式サイトに
載っている程度の設定でも劇中で語られない設定を持ち出さなくては
説明のつかない描写をするのはダメだと考えておられるのでしょうか?


・ゴジラの暴れ方がおかしい

きっかけがなければ暴れないものなのに突然暴れたことがおかしいと
書いてらっしゃったと思ったんですが、意味を読み違えたようです。
「まるでゴジラだ」の発言の意味はおっしゃる通り、ただ暴れて
壊しているからゴジラだという意味でしょうね。
了解しました。

238  Re:機龍を考える(つづき) 殿様ギドラ  2004/01/20 11:42
  男性 41歳 O型 
 初代ゴジラの骨を機龍の骨格にしているのかどうかはあいまいですよ。

まず、初代ゴジラの骨を引き上げたのは機龍プロジェクト発足以前です。
機龍を作るために骨を引き上げたのではありません。

それでもその後の流れが、ROMさんのように機龍の骨組みにゴジラの骨を使ったのだろうと連想することもありうる表現だったことは認めます。
しかし、私の受け止め方もそんなに常識はずれではないと思いますよ。
以下、流れに沿ってお話しします。

科学者にゴジラの骨を見せるシーンでどのようなやりとりがあったか。
湯原に対して、この骨から骨髄幹細胞(セリフでは「こつずいかんしゅさいぼう」と聞こえるが?)を取り出せるかとの問い。
ここで、骨の利用法はゴジラの細胞を取り出すためかと思われる。

ゴジラのクローンを作るのか、という湯原の問いを否定して、生体ロボットを作るのだという答え。
この回答からは、なんらかのゴジラの器官をロボットに使うのだなと解釈できる。
つづけて総理は、この骨を利用して最強の対G兵器をつくる、機械のゴジラがゴジラを制するのだと言います。

骨を利用するという表現をどう受け止めるべきか?
骨から細胞を取り出す話をしているのだから、骨の役割はゴジラ細胞の入手元と考える方が自然ではないでしょうか。

その後、初代ゴジラの骨に部品を組み付けるような描写もなく、湯原がなにをやっているかというと
ゴジラ細胞を培養し、機龍お披露目ではDNAコンピュータの説明をしている。
機龍のどこが生体なのかがわかるシーンは皆無。

横浜壊滅のあと総理が、ゴジラの骨で機龍を作ったことがゴジラを呼び寄せているのか、とも言うわけですが、
機龍を作る=そのボディを作ると受け止める人にとっては十分な説明かもしれません。
しかし私は、形をデザインするだけが機械作りだとは思っていません。
どんなメカニズムで動かすかという要素もまた重要だと思っております。
そうなるとゴジラ細胞からDNAを取り出してDNAコンピュータに仕込んでいるというなら、
それがゴジラの骨で機龍を作ったという表現にもなりうると考えられます。
(同時にここで、ひょっとして機龍の中にゴジラの骨が入っているのか?と疑ったことも事実)

昨年の「×メカゴジラ」掲示板を見ていただけるとわかりますが、
私は機龍の中に初代ゴジラの骨が入っているのかどうか決めかねて迷っています。

事前情報から機龍の中にはゴジラの骨が入っているのだと知っていた人にはそんな迷いはなかったのでしょう。
機龍の中にゴジラの骨が入っていることと矛盾するような描写はありませんから。
しかし、はっきりと骨が入っているという描写、表現もないのです。

作品作りに際しては、作家の頭の中にあるものを正確に観客に伝える努力をしなくてはなりません。
常識の範囲で判断できることは特別に説明する必要はないでしょう。
また、さほど重要でない部分も丁寧に見せる必要はないでしょう。

しかし、常識の範囲を超えた設定やストーリーの根幹に関わるような設定は疑う余地のない説明・描写をしなければなりません。
この説明というのは、言葉によるものに限りません。
映像・音響を含めて、観客に理解させるべきです。
それを怠ると、作者と同じ固定観念を持った人にしか内容が伝わらなくなるのです。
(ロボットの中に動物の骨を仕込むのは常識の範囲を超えている。
機龍の中に初代ゴジラの骨を入れるというのはゴジラが機龍を求めて現れるために必要な設定では?←これまたあいまいなんですよ。問題は骨なのかDNAなの かが定まっていない)

>パンフレットや公式サイトに
>載っている程度の設定でも劇中で語られない設定を持ち出さなくては
>説明のつかない描写をするのはダメだと考えておられるのでしょうか?

描写を通じて設定がわかるなら、説明する必要はないでしょう。
(というか、そういう場合は描写が説明になっている)
作品そのもの以外からの情報がなければ理解できないような表現はダメですよ。
ただし、その設定が人類共通の知識に基づいているものはその限りではありません。
観客の知識量に理解度が左右されることになります。
どこまで説明するかのさじ加減が難しいことになります。

しかし、作者の頭の中にしかない設定をパンフレットや公式サイト、資料本などに任せるのは無責任です。
映画の入場料はスクリーンに映し出されるものに対して払うのです。
フィルムに収録されたもの以外が鑑賞に必要となると、それは映画作品ではなく映画もメディアの一つとして利用した多角的作品となり、別枠で考えなければな らないでしょう。
(これもねー、作品の根幹に関わらない設定であればマニア向けの隠し味となることもあるので全否定しづらいけれど、そんなマニアではない人を混乱させるよ うな表現になっていても困る。
「東京SOS」でのカメーバはアウトではないか。あんな出し方をすれば、あとでカメーバが再登場するんじゃないかと思われても仕方ない)

239  Re:機龍を考える(つづき) ROM   2004/01/20 20:10
  男性 17歳 
 なるほど。よくわかりました。
丁寧に回答して頂いて感謝しております。

また質問をさせて頂くことがあるかと思いますが、
その時は何卒よろしくお願いいたします。

それでは失礼いたします。

241  Re:機龍を考える(つづき) 殿様ギドラ  2004/01/21 17:18
  男性 41歳 O型 
 こちらこそ有意義なやりとりが出来たことに感謝いたします。
ROMさんからの質問に答えることで、改めてゴジラの設定に余計な物を付け足してはいけないのだと確認できました。

今後のゴジラに、その体が何で出来ているのかとか内臓器官がどんな機能を持っているかなどといった設定が付け足されないことを祈ります。

また、ROMさんがこうしてきちんと挨拶してくださったことにも感謝しています。
過去の例には、質問に答えてもらっても知らん顔する人もいたっけなぁ・・・。(ま、いいんですけどね)


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