幸運の星

                              津川 康

 

「本当なんだよ」彼の顔を見据えながら、小学校以来の友人は名刺をさしだした。確かに部長と書いて ある。入社三年で異例の大出世を遂げたのは、出世ネクタイのおかげだというのだ。「偶然だよ。そんなお守りみたいなもので人生うまくいってたまる か」占い、祈祷の類を一切信じない彼は笑い飛ばした。

「おまえが信じようとしないのはわかるよ。昔から初詣にも行かないぐらい神頼みとかそういうの嫌い だったからな。でも、あんなに学校の成績良かったのに、いっちゃ悪いけど、三流会社のヒラだろ。こないだは財布落とすし…。きっと運がないんだ よ。この頃はいいお守りがいっぱいあるんだぜ。ひとつ試してみろよ」そういう友人に向かって彼はむきになった。

「知ってるよ。金運ベルトだの、恋のパンツだろ。単なる流行りじゃないか。だいたい運なんて人間が 偶然を勘違いしてるだけさ。馬鹿な奴が効きもしないお守りをありがたがってるんだ。俺は自分の力を信じる」

 だが、お守りブームは衰えることなく、幸せをつかむ人々はどんどん増えていった。そして、世間の 幸せに反比例するかのように彼の人生は転落の一途をたどった。まず、仕事に行き詰まった。とくに失敗したわけでもないのに勤務査定は低く、重要な 企画から外され、地方に飛ばされた。続いて交通事故に遭って半年寝たきり。挙げ句の果てに結婚を前提につきあっていた女がレイプされ、どういうわ けかその犯人と結婚して「あたし幸せです」という手紙を送ってくる始末。

さすがの彼も自殺を考えて、何度か実行したがどれも未遂に終わる。いつも邪魔が入ったり誰かが見つ けて救急車が駆けつけてきてしまうのだ。彼にとっては不運としかいいようがない。

そんなとき幸福士なる資格が登場した。お守りの実効性が統計的に証明され、しかるべき調査を受けて 本物のお守りをつくれると認められた祈祷師、霊能者、僧侶などは国家から幸福士と認定されることになったのだ。ここに至って、ようやく彼もお守り を信じてみようかという気になった。そこで、幸福士のもとを訪ねようとしたが休業中だったり移転したあとだったり、彼自身病気になったりで一向に お守りが手に入らない。そうこうするうちに彼は会社を馘になり原因不明の病にとりつかれ、もう死ぬ気も起きないほどぼろぼろになってしまった。そ の頃には世界中でお守りが愛用され、幸福士も世界共通のスペシャリストとして認められていたが、やはり彼には縁がないようだった。

病院のベッドで全身の痛みに苦しみながら毎日テレビばかり見ていると、妙なことに気がついた。 ニュースではほとんど楽しい話題しか流さなかったが、暗い話題には登場する人物が決まっているような気がするのだ。もちろん一人二人ではないが、 全国で何百人か何千人かの不幸な人たちが入れ代わり立ち代わりに事件や事故の被害者になっていたのだ。もちろん彼自身もニュースの主役になったこ とがある。彼らに共通するのは、幸福士の世話になったことがないということだった。テレビのインタビューに対して「お守りをくれーっ」と絶叫する 者が何人もあったが、その後手にいれたという話はまったく聞こえてこない。彼も幸福士と連絡をとる努力はしていたがやはり何の成果もあがらなかっ た。

ところがある日、どこからともなく彼の病室に幸福士と称する僧がやってきた。墨染めの衣を着たその 僧侶は彼に対してひたすら謝った。

「申し訳ありませんでした。われわれ幸福士が至らなかったばっかりに、あなたをはじめ全世界の不運 な方々に多大な不幸を背負わせてしまいました。幸不幸、運不運は等量に存在するのです。一つの幸運が発生すると一つの不運が起こります。誰かが幸 せになれば必ず不幸になる人があるのです。あなたも早い時期にお守りを手に入れていればこんなことにはならなかったはずですが、遅すぎたのです。 周りの人たちが運を掴むにつれてその分の不運がお守りを持たない人たちに降りかかりました。ついにはお守りを手に入れる運すら無くしてしまわれた のです。そして世間の幸せの代償として徹底的に不幸になったのです。あなたがたが世界の不運を引き受けることで人類は幸運を享受できたのです。し かし、もう大丈夫です。世界幸福士連盟があなたがたのために最大の祈祷を行って解決しました」

僧侶は懐から無病息災のお守りを取り出して彼に手渡した。すると体の痛みが嘘のように消えた。同じ ようにして他の不運な人々も幸運を手にいれた。地球は幸運だらけになった。

 

時を同じくして、いや、同時性も怪しくなるほど遥かかなた、地球を離れること一兆光年、別の銀河系 のとある惑星に巨大隕石が衝突した。そこには争いを知らない平和な種族が暮らしていたが、その衝撃で絶滅してしまった。

 彼らの不運など地球人類の知った事ではない。

 

                                   終