5.レーザーは有効か?

 

 しばらく追撃を続けたためにエネルギー量が減ってしまった。さらに敵は、冷たい惑星に逃げ込みこちらの行動を 制限するつもりのようだ。しかし、それは敵もまた自由に行動できないほどのダメージを負っていることを示している。

 大丈夫。敵の位置は把握している。熱を奪う惑星外縁の気体から遠ざかって、再充填を待てばいいことだ。気を付 けなければならないのは、敵が傷を治す前に次の攻撃を加えるようにすべきこと。敵の再生能力がどれぐらいなのかわからないので、あまり時間をあけるこ とはよくないだろう。一拍の間、閃光攻撃が出来るようになれば次の襲撃を実行するのだ。

 恒星からの充填も可能な位置だから、短い周期で攻撃可能である。

 周囲の空間に小さいものが行き交っているが、それらは敵ではない。複製場にも同じようなものがいたが、記録に よればそれらが敵であったことはない。

 行ける。

 もちろん常態ではないが、これだけの力でも足止めは出来るだろう。

 敵は液体の表面を避けて着地し、緩慢に移動している。

 降下。

 閃光、閃光、閃光。

 反撃はない。複製場での攻撃がかなり効果的だったようだ。敵の力は本来こんなものではない。

 小さいものが多数ぶつかってきた。余計な運動量をこちらに与える。

 邪魔だ。

 敵への攻撃を妨害するものは敵である。敵が増えた。

 閃光閃光閃光。

 小さいものの破壊は簡単だ。やはり敵ではない。邪魔なときだけ破壊すればいいだろう。

 敵が動いている。速度を上げている。

 閃光、閃光。

 今はここまでだ。

 上昇。

 休息。充填。

 光と闇。光と闇。光と闇。光と闇。……………………………………………

 降下。

 閃光、閃光、閃光。

 こちらに向かう小さいもの。破壊。

 敵の反撃。早い。打撃を受けた。一時的機能不全。

 上昇。

 

 ヴィドラは地球の大気中にはあまり長い間留まれないようだった。初めにイーターを追って降下してきてから二日 後に再び現れたが、一時間ほど攻撃を仕掛けて去り、さらに二日後に現れたがイーターから尻尾打ちを食らって退散した。これまでのところ、降下してくる 周期はおよそ五十三時間というところである。

 イーターが通過したあとは、幅二〇〇メートルの荒野となった。破壊された家屋も道路も瓦礫すら残さずイーター の体内に吸引されてしまった。イーターは飲み込んだ物質を元にして、体を再構成しているらしい。半日に数時間ほど〝食休み〟をとるのだが、その間に少 しずつ太っているようだ。体の内側から新しい岩石が生成されるらしく、押し広げられた表面にはひびが入り、樹木の表皮のように細かく割れている。

 

 十月二十四日の深夜、松田洋平は秘書プログラムを呼び出して、抗議文の作成を指示していた。別のスクリーンに は生放送の映像が映っている。宇都宮の市街が炎に包まれ、動きを止めたイーターが黒い影となって浮かび上がっている。

 洋平は興奮を抑えるように深呼吸した。

「宛先は、デトロイト重工の会長。公開メッセージにする。基本のトーンは怒りだ。私が怒っていることが伝わるよ うな文面にしろ。では、内容。

 無人プロペラ機によるヴィドラ突撃は効果がないことが、先日の松戸市付近での衝突でわかったはずだ。なぜ勧告 を無視して無人機突撃を続けるのか。その攻撃は、何もしないより悪い結果を呼んでいるのだ。破壊され墜落した無人機が火災を広げているし、貴重な輸送 力をむざむざ破壊されているだけではないか。ヴィドラにぶつける余裕があったら避難民の輸送に回して欲しい。御社がヴィドラ・イーター対策会に参加し ない理由が、もし、手柄の独り占めを狙ってのことなら、…あー、これは削除だ。

 当ヴィドラ・イーター対策会ではヴィドラに対してレーザー攻撃を計画している。金星でのヴィドラの反応を見れ ば、大出力のレーザーによる攻撃には効果があると思われる。しかし、被害の多くはイーターによって起こされている。とにかく、イーターの付近から住民 を避難させることが最優先であると思われるが、いかがか。もちろんイーターに対しても何らかの熱攻撃を考慮しているが、まだ方法が見つかっていない。 是非当対策会に参加して、イーター排除策に力を貸して欲しい。

 あー、あとはなにか付け足すことはあるかな」

 秘書プログラムは、公開メッセージであることを考慮して、マツカゼグループ総帥が被災者に対して心を痛めてい ることを表現すべきだと促した。

 

「こんなにあちこちで火の手が上がったんじゃ、防火システムも役にたたねえな」

 モニター画面を覗き込んで斉藤が腕組みをしていた。ヴィドラが去ってから消防ヘリが消火作業に入っていたが、 宇都宮の街は燃え続ける一方だ。

 MMCの斉藤班はイーターに張り付いてその行動を監視していたが、町が食われ、ヴィドラ来襲に際してはその閃 光―パルスレーザーと思われる―で火災が起こるというやられっぱなしの状況にクルーもいらいらしていた。

「だいたい、デトロイト重工の馬鹿が、無意味な攻撃を続けるからいけないんですよ」

 平田の言葉に一同が頷く。一旦現場を離れた平田だったが、松田老に励まされて復帰していた。

「みんな、NNAの放送を見てみる?」

 黒田文が取材ヘリに備えられているメディアモニターを切り替えた。NNAはデトロイト重工と同じ系列に属する 北米向けのニュース会社である。

 NNAでは先ほどの無人機特攻の様子をリピートしていた。暗い夜空を切り裂くようにロケット噴射の高温ガスが 白い筋を曳いている。ヴィドラの降下だ。そこへ点滅する飛行灯を光らせた数十機の双発プロペラ飛行機が殺到していった。

 ヴィドラの首は先端が黄色く光っていたが、無人機が近づいていくと踊るようにリズミカルに動いた。そして、黄 色かった発光体から火花が散るようにピンク色の閃光がぱぱぱぱ、とほとばしった。

 無人機の集団はほとんどが翼を失ったり、モーターが焼けたりして墜落していった。NNAのカメラは地上に落ち る飛行機の様子は決して見せなかった。そのかわり、わずか二,三機がヴィドラに体当たりを成功させたところを何度も繰り返した。それは、ただ当たった だけで、ヴィドラの体勢を少しは乱したかもしれないが、ダメージを与えたとは到底言えない。

 ナレーションはこう言っている。

「見事、デトロイト重工の無人飛行機がヴィドラに一矢報いました。注目すべきは、翼に向かった一機が、その一部 を破壊したことです」

 確かに飛行機の一つが、左の翼に当たって裂け目を作ることに成功していた。ヴィドラも損傷を受けることがある という証明にはなったが、これまたダメージを受けているようには見えない。その後、イーターに激しいパルスレーザー爆撃を敢行している。ただ、今回は イーターもある程度回復していたのか、上空に滞空して狙い撃つヴィドラに対して、突然浮上するとその巨体を縦に回転させて、強烈な尾打ちを見舞った。 ヴィドラもこれにはたまらず、遙か上空に跳ね飛ばされてそのまま大気圏外へ飛び去った。

「無人機によってエネルギーを失ったヴィドラは、イーターの攻撃を避けることが出来ずに宇宙へ退散しました」

 NNAのナレーターはそんなことを言っている。

「いい気なもんだぜ。日本の国土がどうなろうと奴らの知ったことじゃないからな」

 斉藤は、もう見ていられないとばかりにスクリーンの端を軽く叩いた。

「デトロイト重工はアジアにはほとんどシェアを持ってませんからねえ。日本人に嫌われても関係ないんでしょう。 で、アメリカやヨーロッパに向けて、一所懸命やってるよってアピールしたいんでしょうね」

 中沢が分別くさいことを言う。平田は、つい四日前に思いがけず出会った松田総帥の顔を思い浮かべていた。

 ヴィドラとイーター対策には企業協力が必要だって言ってたからな。怒ってるだろうな。そういえば、松戸のあと でデトロイト重工になにか文句つけてなかったっけ。じいちゃんがあんなだから、孫もきっと本当は気が強いんだろうな。…瑠奈。どうしてるんだ。国際レ スキュー隊はまだ瑠奈を見つけてないのか。無事でいてくれ。話がしたい。話したいことが一杯あるんだ。あああああああああああ、死ぬな。生きていてく れよおおおおお。

 時刻は零時をまわろうとしている。次の日は土曜日だが、少なくとも日本国民のほとんどはテレビやネットにかじ りついて、イーターの進路や避難計画についての情報を仕入れているだろう。

 

 夜明けまであと二時間というところだろう。今日はよく晴れていて、星がたくさん見える。日本は冬に向かって冷 え込んできている。風は緩やかで、目の前に広がる太平洋も波が穏やかだ。

 なんでこんなことになっちゃったんだろ。

 POL社、レーザー推進実験部長ジョージ・ブルックスは防寒着のポケットに手を突っ込んで、砂浜に設置された レーザー発射機を眺めた。二日前にオーストラリアから運ばれて、このイバラキケンヒタチシの海岸に移設されたLP三号は、本来光帆を広げた宇宙船に地 上あるいは宇宙ステーションからレーザーを照射して推進させるために開発されたものだ。まだ実験段階なのでデザインは無骨で、補機類がフレームのあち こちに無理矢理くくりつけられている。そこに電力基地から引っ張られた太いケーブルが何本もまとわりついていた。薄暗い照明に浮かび上がるその姿は、 金属とカーボンファイバーを組み合わせた高さ十数メートルの奇怪なオブジェである。

 POL社は照明から通信まで光を使うことなら何でも手がける会社だった。このたびのヴィドラ・イーター騒動で 対策会に加入したPOL社は、LP三号を供出することでヴィドラ攻撃の一端を担うことになったのである。

 金星のクレオパトラクレーターでグラ号の排電レーザーを受けたヴィドラは、逃げるような行動を見せた。また、 ヴィドラ自身が使う武器がレーザーであることからレーザーによって傷を負わせることが可能であると判断されたのである。

 怪物退治のために作ったんじゃないんだけどな。

 ブルックスは会社、というよりヴィドラ・イーター対策会の決定に納得していなかった。ヴィドラとイーターが 闘っているだけで、そこに人類まで加わる必要がないというのが彼の考えである。どちらかが負ければ地球から去っていくだろうし、人類を狙って襲ってき たわけではないのだから、ヴィドラやイーターに近づかなければ命を落とす人もいないだろう。そもそも彼の受けた教育は闘うことを野蛮なこととしていた ので、今回の計画には抵抗が大きかった。

「ブルックスさん、お話を伺います」

 メディアリポーターが近寄ってきた。腰に着けた3Dレコーダーのパイロットランプが光っているのがわかる。

「手短にお願いしますよ」

 これまでの周期通りなら間もなくヴィドラが日本目指して降下してくるはずだ。ブルックスの部下たちが、ヴィド ラ監視レーダーからの情報をもとにLP三号のセッティングをやっている最中である。

 ブルックスはそのメディアリポーターに見覚えがあった。

「やあ、あなたは、金星に行った、えー、ヤニマシでは」

「山西です。ヤマニシサトル」

 その日本人にしては体格のいい男は、気を悪くした風もなく訂正した。

「ブルックスさん、あなたのお考えを聞かせて下さい。LP三号のレーザーはヴィドラに有効ですか」

 ブルックスは、「うーむ」と唸った。

「ヴィドラが発射するパルスレーザー並みの出力はあると思うので、多分大丈夫でしょう。ただ、移動しながら撃て るわけではないのでヴィドラが逃走したらお終いですよ」

「そうですか。ぜひヴィドラの奴を丸焼きにして欲しいと思ってるんですがね」

 山西の言葉には感情がこもっていて、本当にヴィドラを倒したいと思っている様子だ。

「たとえ丸焼きに出来なくても、LP三号に効力があればヴィドラはイーターに対して攻撃できなくなるから、イー ターの回復が早まって、イーターがヴィドラの奴をやっつけてくれるかも知れませんなあ。ブルックスさん、成功を祈ってます」

 軽く頭を下げて山西は去っていった。その後ろ姿を見ながら、ブルックスは、変わったリポーターだな、と感じて いた。日本人にとっては、ヴィドラよりイーターの方が問題ではないのか。まあ、イーターはウツノミヤに停止してから動いていないようだから、もうどう でもいいのか。

 コミュニケーターに部下から呼び出しが入った。ヴィドラが軌道速度を落として降下体勢に入ったらしい。ブルッ クスは海に背を向けて歩き出した。

 砂浜から離れた林の中にコントロールセンターがあった。急拵えの建物なので壁も薄く天井も低い。その周りには メディアや救急隊の車両が数台並んでいた。

 コントロールセンターに入ったブルックスに部下の一人が報告した。

「LP三号はヴィドラを追尾中です。本部からの指示では上空一〇〇キロまで引きつけてから照射せよとのことで す」

 ヴィドラ・イーター対策会の主な活動は、いくつかの企業が運営する救助隊を使って住民の避難誘導を行うこと だった。そこでこのヴィドラ攻撃班も合同救助隊の指揮下に入っていた。

 ヴィドラはイーターの真上からほぼ垂直に降下してきた。LP三号のレーザー発射口は西の空を向いて僅かに傾い ている。それはヴィドラの動きに合わせてゆっくりと角度を変えているはずだ。

 ヴィドラ攻撃の全ての操作はすでにコンピュータに入力されている。コントロールセンターの人間は見守るしかな い。現在の状況を模式図にして表すスクリーンに関東平野の南側から宇都宮と日立を見渡すCGが映っている。画面中央下に宇都宮のイーターが赤い点で表 され、右側に日立のLP三号が青い点、そして黄色い点が上から降りてくる。

 ヴィドラは速度を増しながら大気圏を落ちてきた。もうすぐ熱圏の下の方に到達するだろう。レーザー発射ももう すぐだ。

 ヴィドラを表す黄色い点の右には、高度を表す数字が小さく表示されていた。それが一五〇を切った。一四五、一 四〇、一三五、…。およそ秒速五キロで降下しているらしい。

 大気圏突入で高温になったヴィドラに照射することで、レーザーの効果を高めようというのが対策会の狙いであっ た。しかし、あまり高度が下がってからでは、レーザーの角度が浅くなり地上への影響が心配されるので、上空一〇〇キロから三〇キロを照射区間と定める ことになった。

 高度一〇〇キロ。

 LP三号は直径二〇メートルの光の奔流を放った。

 コントロールセンターの画面上で青い線がLP三号とヴィドラを結んだ。

 宇都宮の上空で、巨大な流星が爆発を起こしたように一瞬青白い光が散乱したが、すぐに暗くなった。暗くなった とはいえ、月明かり以上の明るさで青く光り続けてはいる。

「どうだ、奴を破壊できたか?」

 ブルックスはスクリーンを見つめていたが、黄色い点は消えることなく落ち続けている。すべての計器はLP三号 が正常に発射し続けていることを示している。

「作戦中止! レーザー照射中止!」

 本部から命令が下った。

「どうなってんだ。なんで中止だ。奴はまだ空にいるんじゃねえのか」

 コントロールセンターにいたメディアリポーターの山西が、誰彼構わず詰め寄っていた。

 

 平田たちは、イーター上空からヴィドラ攻撃の様子を取材していた。十月二十七日の午前四時ではまだ真っ暗であ る。

 望遠レンズで捉えたヴィドラの姿はそのロケットエンジンの光で朧に見えていたが、レーザーが命中するとあまり の明るさに画面全体が白く飛んでしまった。しかし、それも一瞬のことで、すぐにもとの暗さに戻ったのである。

「んん? あれは、…そういうことか」

 モニターを前にして斉藤Dが頭を抱えた。

 大気による擾乱でぶつぶつと泡立つように見えるヴィドラは、胴体から生えている翼状の膜で体を覆っていた。そ の膜がレーザーを反射しているのだ。球形になった膜は凸面鏡となり、レーザーを拡散させている。

 宇都宮より東側の地域が、薄く広げられた青いレーザーで広範囲に渡って照らされていた。栃木県と茨城県の境に ある山並みが影を作り、その向こうに海岸線も見えるようだ。

 平田が地上に向けたカメラで、青く照らされる北関東の東側を撮影し始めたときレーザーは止められた。

「作戦失敗ですかね」

 なんとも拍子抜けして、平田はつぶやいた。

「そりゃそうよね。ヴィドラって、多分、宇宙を飛び回ってんだから、恒星の近くをかすめることもあるだろうし。 熱や光から身を守る手段ぐらい持ってて当然よねー」

 黒田の姉御が気の抜けた声を出したが、中沢が納得できないとばかりに噛みついた。

「じゃあ、なんでグラ号にレーザー当てられたときは、逃げたんです? なんで反射しなかったんですかね」

「さあ? 知らない」黒田は全く相手にしない。

「中沢よ。グラ号のレーザーはぬるかったんじゃないかな。ちょっとやな感じってぐらいで、反射膜を使うほどのこ ともなかったってのはどうだい」

 とは言ってみたものの、平田にも確信があるわけではない。

「こらあ、お前ら。御託並べてる暇はねえんだよ。ヴィドラはこっちに向かってんだぞ。イーター襲撃の様子も撮ら にゃならんのだ」

 斉藤が怒鳴った。

 レーザーが止まるとヴィドラは反射膜を常態に戻して降下してきた。かつてデトロイト重工の無人機によって出来 た裂け目はそのままだったが、その機能が落ちることはなかったようだ。そして一時間に渡って激しくイーターにパルスレーザーを浴びせ続けた。イーター はされるがままになっている。その体を構成する岩石が、強力な光の熱と力で砕け散って辺りに散乱する。また、狙いが外れたレーザーがすでに廃墟となっ た市街地にもう一度火を付けた。

 さすがに今回はデトロイト重工の無人機は飛来しなかった。ヴィドラ・イーター対策会に加盟する各企業からの取 引停止通告を重く見たのだろう。

 

   6.誘惑

 

「松田さんの発想は危険じゃないですか。対策会の議事録にはすべて目を通していますが、ヴィドラに攻撃を仕掛け るという考えは、前世紀の軍隊なら考えそうなことですね。それも、うまくいくならまだしも、完全に失敗じゃないですか。まったく呆れましたよ。これか らは好戦的な態度を捨てて、避難活動に全力を注ぐべきだと思います」

「どーなってんの。マックスウェル号のプラズマ噴射でヴィドラが撃退されたのを忘れたわけ? なんで巨大プラズ マ砲を作らないかな。兵器の製造が国際法で禁じられているなんて言い訳は聞かないよ。そんなもん、法律を変えりゃいいじゃないか。このままイーターと ヴィドラに居座られたらどうなると思ってんの」

「惜しかったですね。翼を使って防御したということは、レーザー攻撃が有効であるという証拠です。なんとかヴィ ドラをやっつけて下さい」

「ヴィドラやイーターの性質をもっとよく分析するべき。大きさや形がわかっても役に立たない」

「どなたかお調べになっているかと思いますが、イーターが食べた物質の総量は、イーターの体全部より何倍も多い と思うんです。通り過ぎた後に排泄物もないし、食べた物は一体どこへ行っちゃったんでしょうね」

「ヴィドラ幼生捕獲計画は進んでいますか? 解剖が出来るかどうかわかりませんが、捕まえられれば、貴重な情報 が得られるでしょう。期待しています」

「もう放っとけばいいんじゃない」

 対策会宛の様々な意見。

 

 タイタン落下から一週間が過ぎて、パナール自動車傘下の国際レスキュー隊の面々にも諦めムードが漂っていた。 もちろん、落下の衝撃で砕けたタイタンの全ての残骸をくまなく調べたわけではないが、操縦室とその付近からまとめて五体の焼死体が発見されて、残る二 人もまず間違いなく死亡したと考えられていた。行方不明の二人はタイタン実験リーダー、トーマス・ハントとメディアタレントのルナであった。

 タイタンはその大きさに比べると居住区は極めて狭いので、いくら広い範囲に残骸が散らばっていても、遺体ある いは生存者がとんでもない場所から見つかるとも思えない。

「本来ならもう打ち切りですよね」

 潜水艇で海底を探査しながら、操舵を担当するゴードンがつい愚痴っぽい声を出した。初めの二~三日はメディア 取材が張り付いていて、不用意な発言は出来なかったが、いまはもう海上にMMC一社が待機しているだけだ。

「何を言うんだ。行方不明者がいる限り、我々の任務は終わらないのだ」

 となりでソナーのチェックをしている隊長格のスコットが、ゴードンを窘めた。建前は確かにスコットの言うとお りなのだが、国際レスキュー隊はパナール自動車が利益をつぎ込んで運営している非営利団体なので、ここまで探して見つからなかったら、「本来なら」捜 索打ち切りとなるところだった。しかし、今回の場合はマツカゼグループの跡取り娘が行方不明とあって、父親の松田洋一および祖父の洋平氏から捜索費用 が提供されている。向こうが、もう結構です、と言うまでは探すしかなかった。

「でも、どこかで水中探査が必要な事故が起こったら、そっちに回るんでしょう」

「まあ、潜水艇は一台しかないからな。そういうことになるだろうね」

 世間ではヴィドラとイーターで大騒ぎになっているが、いまのところ国際レスキュー隊が出動しなければならない ような特殊なシチュエーションは起こっていない。

「おおっ」

 スコットが何かを見つけた。ソナーのデータから再構成された海底のグラフィクスには、ちぎれたタイタンの鋼管 フレームが複雑に捻れて網の目を作っている。その一部に、人型のものが絡まっているように見えた。

「ゴードン、わかるか。人間のようなものが…。近づいてくれ」

 潜水艇はマニピュレーターを突きだしてゆっくり近づいていった。そして、その物体の真上で停止すると下向きの サーチライトを当てた。

「カメラで確認する」

 スコットは押し殺した声を出して、スクリーンに映像を出した。

 それは、宇宙服のようだった。鋼管フレームに腹を当ててくの字にぶら下がっている。

 レスキュー隊の潜水艇は船首を下に傾けて、マニュピレーターを伸ばすと慎重に鋼管をかき分けて引っかかってい る宇宙服をそっと持ち上げた。

「くそ」

 ゴードンが毒づくのも無理はない。スクリーンに映った宇宙服のヘルメットは空っぽだった。落下のショックで散 乱した船内備品の一つが、ここで絡まっていただけらしい。

 

 松田洋平は、マツカゼビルの総帥オフィスに籠もりっぱなしだった。自宅にいても仕事は出来るのだが、一人暮ら しの洋平は孤独に陥ることをおそれていた。一人になると、つい行方不明の瑠奈のことを考えてしまうし、そうするとヴィドラ・イーター対策会のまとめ役 に専念できない。オフィスにいれば二十四時間いつでも人の気配があって、気を引き締めることが出来る。

「…ということで、今後の方針は決まったわけですな。避難民の収容先と輸送手段が確保されたというのがもっとも 喜ぶべきことだが、急がなければならないのはイーターを排除する方法を考えることでしょう。コメット運輸さんには子ヴィドラ捕獲もお願いしているの で、あれもこれもというのは心苦しいのだが、イーターを宇宙にはじき出す方法も研究してもらいましょう。マツカゼグループとしては、ヴィーナス社が責 任を持って反射膜の破壊をやり遂げましょう。ではみなさん、お疲れさまでした。特に、地域によっては深夜や早朝にお集まりいただいた方もあるので、 ゆっくり休養をとって下さい。では接続を切ります」

 壁一杯に広がるマルチスクリーンが暗くなって、各国企業のヴィドラ・イーター対策会担当者の顔が消えた。この 会議の内容はネット上で公開されており、各企業の実働班も見ているので、決定事項はすぐさま実行に移される。

 洋平はもどかしい思いで、コーヒーをすすった。カップの保温機能でぬるくはないが、すっかり香りは飛んでい る。

 もう一度レーザー攻撃をやることにはなったが、どうも決定打という感じがしないな。子ヴィドラ捕獲が成功し て、奴の弱点を掴んでから次の攻撃を考えた方がいいのか。いや、いや。ヴィドラは待ってはくれないからな。やれることはすぐやるべきだろう。そして、 残念なのは、タイタンが破壊されてしまったことだ。あの技術、そしてトーマス・ハントの頭脳があれば、我々の手でイーターを宇宙に打ち上げることも可 能ではなかったか。瑠奈と一緒にイーター撃退策も消えたか…。

 洋平は立ち上がって窓の外を見た。このビルは東京の古い地区に建っており、周りには今世紀初頭に建てられた高 層ビルが建ち並んでいる。近くにMMCの本社ビルもあるはずだ。

 平田三十郎くんは仕事に復帰したようだな。まったく瑠奈も、どこで見つけてきたのか、実に普通の男だったな。 ま、彼はまだ若いからこれからどう変わるかだろうが。まさか、あの二人は結婚の約束でも交わしているのではないだろうな。まだ二十代だろう。早すぎ る。…ふん。私は何を考えているんだ。そんなことは瑠奈が無事であって初めて問題になることだな。

 机の上で卓上電話が呼び出し音を鳴らした。これはプライベート回線の音だ。この番号を知っているのは家族ぐら いしかいないはずだが。

 電話機のディスプレイを覗いた洋平は、軽い驚きに眉を上げた。発信者は「綾部雅美」となっている。素早く席に 着いた洋平は、滅多に使わないヘッドセットを被った。これで、音声や映像が外部の者に見えることはない。

「やあ。ジュピター三世以来ですな。お元気でしたか」

 着信して綾部夫人の姿が見えると、洋平は特別に快活な声を出した。

「こんにちは。お忙しいんでしょう。それに、お孫さんのこともご心配でしょう。いま、よろしいですか」

 綾部夫人は相手を気遣うような表情から、こぼれるような笑顔に切り替えた。背景から察すると自動車に乗ってい るらしい。

「ええ、構いませんよ。会議も終わったところだし」

 さて、何の話か、それとも何かのお誘いかな、と老人はいささか心を弾ませていた。

「差し支えなければ、ドライブでもご一緒して頂けませんこと。もう、あたくしはマツカゼビルの前に来ているんで すの」

 この非常時に何を不謹慎な、などとは考えない洋平である。

 昼時も近いし、食事にも誘えるな。それから…と考えている〝現役〟老人であった。

 電話を切ってオフィスを飛び出した洋平は、人間の秘書たちに「ちょっと出てくる」と曖昧に告げてエレベーター に飛び込んだ。コミュニケーターは身につけているから、緊急時の連絡は問題ないだろう。

 綾部夫人の自動車はマツカゼビルの正面玄関前に堂々と止まっていた。自家用らしく、タクシーなどとは違ってボ ディが大きい。もちろんすべての窓はスモーク処理されていて外から中を見ることは出来ない。

 自動車はちゃんと松田洋平を認識していて、近づくとドアを開けてくれた。

 車内にはテーブルを囲むようにソファがしつらえてあり、ちょっとした高級クラブである。洋平にとっては少々悪 趣味であったが、女を前にしてそんな野暮はいわないのが彼である。

 早速隣に座ろうとする洋平に、綾部夫人は「どうそ」と向かいの席を示した。洋平は毛ほどの動揺も見せずに流れ るような動作で向かいの席に座った。

 夫人はほんの少し口元を持ち上げて微かな笑顔を作ると、

「出してちょうだい」と車に命じた。車が動き出してもまったくモーターの音が聞こえない。

 洋平は綾部夫人の姿を見て、これはどうにかしなきゃいかんだろ、と改めて感じていた。瑠奈に言わせると、怪し い食わせもんかもしれないということになるが、綺麗な女はそれだけで価値がある。公の場でそんなことは口が裂けても言えないのだが、それが洋平の信念 である。

「今日は、大事なお話があって参りましたの」

 年齢不詳ではあるが、引き締まった体がよくわかるような細身のドレスを身に纏って洋平のほうへ身を乗り出し た。揺れるイヤリングがきらきらと光って目に突き刺さる。

「私ごときにそんな大事な話をしていいのですか。ご主人とお話しされては…」

 洋平はキィワードその一を繰り出した。

「いいえ。主人ではだめなんです。あの人、お金は持っていますが、あたくしが考えていることにはぜんぜん興味な いんですもの」

 その一、クリアだな。と洋平はほくそ笑んだ。

「そうですか。それはお寂しいですな。ではそのお話、私で良ければお聞きしましょう」

 キィワードその二を織り込みつつ、相手の出方を見る。

 綾部夫人は、すっと表情を固くした。そして、遠慮がちではあるがきっぱりとした口調で、「それじゃ、コミュニ ケーターの記録機能を止めていただけますか」と要求してきた。

 洋平は戸惑った。コミュニケーターは、持ち主が見聞きしたことを記録して本人の記憶を補う機能を持っていた が、夫を持つ女性が他の男と関係を持つぐらいで裁判沙汰になったり、その証拠提出を求められることなどない。

 これは、ちょっと雲行きが怪しいな、と警戒しながらも、洋平は黙って腕を持ち上げると夫人にはっきり見えるよ うに、コミュニケーターの記録機能停止操作を行った。

「さあ。なんの話ですかな」

 洋平はソファに深く座り直した。

 意を決したように綾部夫人はしゃべり始めた。

「わたくしは以前から、人類は身を守る手段を持つべきだと考えていました。すでに人類は太陽系内を手中に収めて います。もうじき他の恒星系にも手を伸ばすでしょう。そのとき、別の文明と衝突する可能性は低くないと思います。もし、強力な武器を持つ種族と出会っ て、戦わなければならないことになったらどうしたらいいのでしょう。いまのままでは、滅ぼされてしまうのは明らかです」

 そういうことか。と洋平は腕を組んだ。ヴィドラ・イーター対策会の会議でも、誰もが頭には浮かんでいるものの 口には出来なかったことを彼女は言っている。

「やはり、人類も武器を持つべきだと思うのです。文明との衝突ではありませんでしたが、ヴィドラやイーターとい う怪物に襲われる事態が起こっています。もし強力な武器があれば簡単に撃退できたのではありませんか。ここに…」

 夫人は手首の辺りで何か操作した。彼女と洋平の間に空中像が現れる。それは、複雑な装置の図面のようだった。

「既存の宇宙船に簡単に取り付けられる武器システムの設計図があります。わたくしの私設研究機関で数年に渡って 設計したものです。これを使って、怪物を撃退して下さい。わたくしには設計までがようやくでした。建造する費用がないのです。きっとあなたならあたく しの気持ちがお判りになると思って、打ち明けました」

 洋平は、窓の外に目をやった。自動車は特に目的地もなく都内をぐるぐる回っているだけらしい。今世紀はじめま で続いた大都市集中と建物の高層化の名残を色濃く残す東京都心には無機質な建築物が幅を利かせ、せっせと植えられている樹木も影が薄い。しかし、そこ を歩いている人々の姿はゆったりとしていて、満足げだ。ヴィドラやイーターの出現もこの街には関係ないことなのか。対策会を信頼しているのか。

「そういうことですか」洋平はジュピター三世での夫人の態度を思い出していた。色仕掛けで迫って、資金を出させ ようということだったのか。

「私は、警察ではない。あなたの研究は重大な国際法違反だが、それを告訴するつもりはない」

 洋平はゆっくりと、迷いながら言葉を続けた。

「多分、あの怪物たちに、あなたの武器は有効なのだろう。しかし、武器は、怪物に向けられるだけではないだろ う。それを持った者は、持たない者を威圧することになる。破壊する力で、人が人を制するのは戦争と同じではないか」

「そんなことにならないように、人類が共同で管理すればいいことですわ」

 夫人がそう言うと、洋平は首を横に振った。

「管理? 武器を管理する組織を作るのか。それを軍隊というのだ。そして人類は軍隊に支配されることになる。権 力というのは暴力と表裏一体だ。私はそんな世界を見たくない」

「まさか、そんな。昔の人間じゃないんですから、いまのわたしたちはもっとモラルが高いはずです」

 綾部夫人は傷ついたような声を出したが、洋平はそれをはねのけた。

「個人のモラルなんて、何千年も前から大して変わっちゃいないよ。武器があるから使いたくなる。軍隊を持つから 戦いたくなる。その衝動を別の形に向かわす社会システムを必死に作ろうとしたのが今世紀だ。実はいまでも戦争はなくなってはいない。経済戦争と形を変 えてはいるが、企業は戦っているのだ。ひょっとしたら会社の倒産で自殺した人はいるかも知れない。それでも、本人に生きる意志があれば、経済的弱者に 食料や住居を無償で提供するサービスを行っている企業もあるから死ぬ必要はない。企業の戦争は利益の奪い合いだ。爆弾で殺し合うよりましだと思うが ね」

 そう。人類が武器など手にしたら、また戦争時代が始まってしまうのだ。それは避けねばならない。しかし、しか し、確かにこの女性の言うように外敵に襲われたときはどうするのだ。武器があったほうが…。いや、まだ外敵なんか存在しないではないか。だが、備えあ れば憂い無しともいう…。わからん。

「武器はよくないとおっしゃいますが、ヴィドラにレーザーを当てた機械は、武器ではないんですの」

 夫人も意地になっている。洋平は、しばし考えた。

「確かに、ヴィドラに対しては、武器として使ったことを認める。他にも破壊力を秘めた装置はたくさんあるだろ う。しかし、それらは武器ではない別の用途のために開発され、ちゃんと役目を果たしている。武器というのは、破壊のためだけに設計されるものでしょ う。それが使われるときには必ず破壊と死をもたらすのではないですかな。そして、人間は道具を手にしたとき、使わずにいられないものなのだ」

 必死に否定していても、綾部夫人からの申し出には強い誘惑を感じていた。その武器システムの建造にどれだけの 時間が掛かるかわからないが、宇宙船や飛行機に搭載して怪物攻撃に使えれば、ヴィドラやイーターの問題は解決に向けて大きく前進するだろう。そのあと のことは、人類の倫理に期待しても良いのではないのか。

 いや、いや、だめだ。と、洋平は踏み止まった。彼には祖父が語って聞かせてくれた戦争の悲惨さを忘れることが 出来なかったのだ。そう、東京を核分裂弾が灰燼に帰したことを。たとえよその星から来た怪物や異星人に滅ぼされても、人類が自らを抹殺するよりましで はないか。

「綾部さん。ヴィドラとイーターについては、まだ万策尽きたわけではない。我々にはまだ打つ手がある。その間 は、今の話は聞かなかったことにする」

 洋平はコミュニケーターの記録機能を再起動させた。

 綾部夫人の大型自家用車は高層ビルの谷間を縫ってマツカゼビルへと戻っていった。

 さわやかな秋の日差しが、すべてのものに輝きを与えている。

 そして、イーターは宇都宮に居座り、ヴィドラは軌道を回っていた。