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素晴らしいサイトですね [No.185]

投稿者:もりいくすお

2001/12/16 (日) 10:12

 

1965年生まれの昭和ゴジラびいきのモノです。

84年のゴジラに死ぬほどガッカリしてから平成シリーズは未見ですが

さっきテレビで「ゴジラVSモスラ」やってて、なにげに観てたら

想像をはるかにこえるダメさだったので、

実は密かに期待してるGMKがどうなのか検索してこのBBSに

たどりつきました。

期待したわけはテレビでCXの笠井さん(出てるんですか?)とか

アルフィーの高見沢の宣伝文句になんとなく説得力があったからです。

ここのカキコをつらつら読むと、脚本の矛盾点はあるもののどうやら

平成シリーズに比べりゃあ相当イケてそうですし

なにより、バラゴンのシーンだけ観に行くんでもめっけもんかなと期待大。

わたしはダメな平成シリーズからひとつでも取るところのある新作が

生まれたなら、もう充分嬉しいです。

ひどかったんでしょ?「2000」とか。

思えば29年のゴジラ以外の怪獣映画は「お気に入りシーン」があるか、

ないかだけが好き嫌いを決定していました。

そんなこともここで気づかされました。

女X星人がよかった、とかヘドラがよかったっつって、シェーも飛行も

目をつぶっていた自分に気づかされたのです。

ということは、今回はバラゴンなわけですね。

行ってきますっ!!

有意義な時間をありがとうございました。

子記事

 

 

 

よォォォこそ~ォ(清志郎) [No.186]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/16 (日) 11:21

もりいくすおさん、いらっしゃいませ。

当掲示板がなにかのお役に立てたなら光栄です。

 

GMKをご覧になっての感想もぜひ書きこんでくださいね。

 

私は昭和というよりバリバリの円谷ゴジラ信奉者であります。

そういう目で見て、1970年代の作品より平成vsシリーズのほうが好きだったりします。

(ノスタルジーを感じるのは、そりゃ、ヘドラやガイガンなんですけど)

機会があったら、平成vsシリーズもご覧になってみてください。

(ものによって、出来不出来、好き嫌いは分かれると思いますけど)

 

84年のゴジラに死ぬほどがっかり、というのには、うんうんうんと5万回ぐらい頷いてしまいました。


ディズニーも、スピルバーグも押しのけて!! [No.188]

投稿者:イカ課長

2001/12/17 (月) 03:30

 

ご無沙汰しています。いつもROMはさせていただいてるんですが。

いろいろ興味深い考察が多く、楽しく拝見しています。

ともかく、GMK(&ハム太郎^^;)、かなりヒットしてるようで、嬉しい限りです。

<a href="http://http://www.cinemanavi.co.jp/info/last.html" >http://www.cinemanavi.co.jp/info/last.html<;/a>

私も作品について意見を述べたいのですが、当分は、観て、観て、観倒すことに集中します!!

4回鑑賞しましたが、見れば見るほど面白い!!

2月末まで開設されてるようなので、また折りを見ておじゃまします。

では!(^^)

http://www.h3.dion.ne.jp/~tacopost/index.htm

子記事

 

 

 

すいません。 [No.189]

投稿者:イカ課長

- 2001/12/17 (月) 03:34

失礼しました、こちらはタグを使わなくて良かったんですね。

最初の方のURLをクリックすれば行けます。

http://www.h3.dion.ne.jp/~tacopost/index.htm

 

 

うひゃ~ [No.190]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/17 (月) 14:54

お久しぶりですね、イカ課長さん。

なんか、すごいサイトをおっぱじめられたんですね。

ゴジラや特撮を応援するサイトが増えるのはいいことです。

頑張って下さい!

 

私もGMKはたくさんの人に見て欲しいと思っています。

私自身はGMK自体の出来やコンセプトには否定的なのですが、

マニアではない人にも見てもらって、ゴジラを再認識してもらう足がかりになればいいと思います。

ゴジラ、そしてその他の東宝人気怪獣は、マニアでない人にも

なんらかのイメージや思い出を与えているはずです。

GMKがきっかけとなって、いろんな人が忘れていた「ゴジラ」を思い出してくれれば・・。

 

シュレックやスパイキッズを抜いたのが、ハムちゃんの力であったとしても構わないです。

まずは、沢山の人に見てもらうこと。

 

評価は大衆が下すでしょう。

その大衆の一人として、私も自分の考えや感じたことを正直に書いていくつもりです。

また、多数決による衆愚に陥らないためには、掘り下げた議論も必須であると考えています。

 

なんて固いことを言うから、「穏健」な方は寄りつかないんでしょうけどね。

(ふぇーん、手配したチケットがまだ手元にきましぇーん。いつ見に行けることやら)


昨日劇場にて [No.191]

投稿者:兄貴(赤)

2001/12/17 (月) 15:55

 

劇場に行って驚いたのは人の多さです。

こんなに人が集まったのは、昭和黄金時代以来でしょう。

とは言え、ゴジラを観に来てる訳ではなく、ほとんどのお客さんは「ハム太郎」目当ての家族連れでしたが。

 

チケト売り場の窓口に張り紙がしてあり、下記のような内容が書かれてました。

「ハム太郎ご鑑賞のお客様にご注意いたします。同時上映のゴジラは凄惨なシーンがありますので、ご鑑賞に付 きまして御父兄の方

は、その点お子様にご配慮願います」

言葉は多少違っているかもしれませんが、だいたいこんな内容でした。

元々子供が楽しむはずのゴジラに、こんな注意書きが出るなんて前代未聞ですね。

 

さて上映は「ハム太郎」からで、子供たちは大喜びでした。

ですが、映画サイズの大画面であのカラフルだけど情報量の少ない絵柄が、アップテンポな音楽に乗せて、つぎ つぎ流れて行く様は、は

っきり言って目眩がしました。

ストーリーも在って無い様なもので、この辺はGMKと同レベルでした。

 

GMKに関しては、ちゃんとした劇場での上映なので音が良かったです。

毎回思うのですが、オーチャートホールはライブ過ぎてセリフが聞き取りにくいです。

映画に対する印象や評価は前回と全く変る事はありませんでした。

何度観ても、脚本は矛盾だらけだし、演出と噛み合っていませんし、何でゴジラが残留思念なのかも理解不能で す。

天本さん演じる老人の存在も、何だったのか分りません。

 

さて、映画が終って帰ろうとした時、一組の家族が大きな声で話し合っていました。

小学校低学年くらいの子と、幼稚園くらいの子を連れたお母さんとお父さんが、子供たちに何やら興奮した様子 で話しをしているのです。

何事かなと思い、傍で何気に聴いてみたら

お母さんが「本当のキングギドラって宇宙から来るのよ、そしてゴジラやモスラは協力してキングギドラから地 球を守るのよ」と、子供達に

説明していました。

お父さんも「そうそう、キングギドラが地球を襲ったんだよ、これは逆だよ」と言いまして、さらにお母さん 「だいたいモスラは、南の島から来

るのよ、日本にはいないの」

お父さん「そうそう、モスラは南の島を守る怪獣なんだよ」

と言った会話をしていました。

その御夫婦の表情は、GMKに対する納得出来ない部分を子供たちに、各怪獣の本来のあるべき姿を説明する事 で不満を解消しようとし

ている様に見えました。

 

さらに私が感じたのは、我々のようにゴジラにこだわりを持ったファンやマニアでなくても、ある程度の年齢の 人達はちゃんと本当の怪獣

達の事を知っているんだなと感心しました。

そして、あの御夫婦は、なんの予備知識なくGMKを観て、怪獣の属性変更に激しく違和感を感じたのだろうと 思われます。

私も、この春に始めてその事を知った時は怒り爆発でしたが、時が流れその部分は目をつぶって(諦め て)GMKの映画としての問題点を

指摘してきました。

しかし、やはり一番の問題は、この属性変更なのだと再認識させられる場面でした。

 

GMKはゴジラ映画ではありません、これからご覧になる方はくれぐれもご注意下さい。

子記事

 

 

 

削除記事 [No.192]

投稿者:**

- 2001/12/17 (月) 20:27

投稿内容削除

 

違うだべ、ありゃ月ロケットSY-三号だべ [No.194]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/18 (火) 11:10

>**さん

怪獣キャラクターを作品毎に別物にしても構わない、

という考えで製作していくと、同じ名前の怪獣に

自己同一性(アイデンティティ)がなくなってしまいますよ。

 

名前が同じでも内実が違っていて構わない、

という考え方はどうも理解不能です。

名前っていったい何ですか?

名前によって、事物を区別するのではないですか?

別のものなら、別の名前にすべきじゃないですか?

 

昨今のゴジラシリーズに、

(ゴジラも含めて)過去の怪獣と同じ名前を持ちながら、

内実の違う怪獣が頻出するのは、商売上の都合でしかないです。

キングギドラといいながら、宇宙怪獣ではない、

ということは、もともとキングギドラを登場させたいわけでは

なかったということでしょう。

しかし、客を集めるためには「看板」が欲しい。

だから、人気怪獣の名前と形を借りてきたのです。

(GMKでの登場怪獣変更のうわさをご存じでしょう)

『vsビオランテ』にがっかりした私は、その時点で

ゴジラ映画の新作を見続けるのはやめようか、と思っていました。

しかし、次回作にキングギドラが出ると知ってそれなら見ようか、

と思ったのは事実です。(しかし、ギドラが別物だったのでがっかり。

それでも怪獣対決を描ききったことと伊福部音楽でこの作品の

評価はそんなに悪くないです)

 

属性変更に無頓着な人が居るというのは事実でしょう。

といって、そういう人たちが個々の怪獣の属性に統一性が

あることを嫌がるわけでもないのでは?

ならば、変えないほうがいいはずです。

 

それと、2つばかり質問させて下さい。

『ゴジ電』というのは『ゴジラ電撃大作戦』のことだと解釈しましたが、

それが属性変更とどう関係するのでしょうか?

そして、

初代ゴジラに死と狂気を見いだすのは、どのあたりですか?

 

 

確かに [No.197]

投稿者:兄貴(赤)

- 2001/12/18 (火) 16:36

**さん、おっしゃる通り属性変更を気にしない方は若い世代に多いようですね。

逆にオールドファンは、反対派が多いのも事実です。(個人差もあるでしょうが)

**さんの様に、気になりませんと言う方の意見を否定はいたしません。

それは、各個人の感じ方ですから、仕方が無い事です。

でも、属性変更はしてはいけない事です。

気になるとか、気にならないとかの問題ではないと思います。

これを続けていけば、ゴジラは死にます。

私はゴジラが永遠に存続して欲しいから、属性変更を否定します。

 

平成シリーズで、属性変更は始まっています。

だから、平成シリーズからゴジラに入った人は、属性変更が気にならないのかもしれません。

でも、それはやってはいけない事をやってしまったのです。

84ゴジラで、ゴジラは原子炉になってしまいました。

元々ゴジラは肉食獣だったはずなのに、原子炉を小脇に抱え核エネルギーを吸い込んでしまったのです。

ここから、大きな間違いが始まりました。

キングギドラも、訳の分らないぬいぐるみを過去に置き去りにしたら、キングギドラになってしまうし、モスラ も光線出すし、むちゃくち

ゃです。

 

キャラクター設定と言うものがあります。

そこでは、それぞれのステータスやデザインを決めます。

で、決められたキャラクターで何が出来て、何が出来ないのか、そういった枠を決めてそれらキャラクターを 使って、どんな物語をつ

くるのか、それが脚本家や監督の仕事だと思います。

 

ですが、クリエーターは、過去のマネと言われる事を恐れて、変った事をしようとします。

それは、物語を構築するテクニックや、ストーリーで自分の個性を打ち出すなら良いのですが、才能のない方は とかくデザインを変

えたり、新しい技をキャラクターに追加したりします。

モスラが光線出すのも、同じ理由でしょう、飛び道具を持たないモスラでは、バトルシーンに迫力が出ないか ら、安易に光線だして

画面を派手にしただけです。

本来なら、そういった物に逃げずに、従来の技、武器でバトルさせて、面白く見せるのが「腕」というもので しょう。

しかし、平成シリーズでは、やってしまいました。

結果が、今回のGMKにつながってくる訳です。

昭和29年以来2度目のゴジラ上陸という設定のはずなのに、GMKのゴジラは、あろう事か原子力潜水艦から 核エネルギーを摂

取しているのです。

初ゴジの時は、ゴジラは肉食でした、けして核エネルギーで動く鉄腕アトムみたいなものではありませんでし た。

昭和シリーズも平成シリーズもなかった事にしてスタートしたはずのGMKなのに、平成シリーズの設定を取り 入れてるのです。

これはもう、作り手も何がなんだか分らなくなっているとしか思えません。

 

属性変更をよしとすれば、いずれゴジラの背鰭は手流剣の様に乱れ飛び、目からレーザー光線出して、ケツ穴か らジェット噴射で

空も飛ぶようになるでしょう。

そうなっては、もうゴジラではないと思います。

だから、属性変更はしてはいけない、歯止めをかけなければならないと思っています。

(でも、ケツ穴からジェット噴射で空飛ぶゴジラ、ちょっと観てみたいかも(笑)

 

 

そういえば [No.199]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/18 (火) 17:10

兄貴(赤)さんの書きこみで思い出したことが・・。

 

GMKにおいては、昭和29年に出現したゴジラは

謎の薬品で倒されているわけですね。

となると、GMKのゴジラは別個体ということになります。

彼は、核実験で眠りを覚まされたのでしょうか。

冒頭表明されるように、世界各地で怪獣らしき生物が

たくさん出現しているんでしょう?

(帰ってきたウルトラマンの世界設定に近い)

GMKゴジラは核実験とは無関係なのではないですか?

同時に作品自体も反核を訴えるような内容ではない。

それなのに、きのこ雲を見せたり(これだって、イメージ優先で

なんら説得力のない映像である。一体何がそんなに激しく爆発したのか??)、

残留放射能がどうとか言っている。

 

これが、『ゴジラの逆襲』に登場した2代目ゴジラなのであれば、

核兵器開発が激しかった時代に核実験で目覚めた怪獣なのですから

放射能を語ってもいいでしょう。

しかし、そうではない。

 

とにかく、ちゃんと筋を追ってみようとすると

わけのわからないことだらけなのです。

それも、作り手が本来の怪獣属性と自らが設定した改変属性の

共通点や相違点を把握しきっておらず、

思い込みだけで組み立ててしまったからではないでしょうか。

(あるいは、怪獣映画には筋を通す必要がないと思った?)

属性変更なんかやらなければ、そんな問題も起こらないんですよ。

 

 

削除記事 [No.202]

投稿者:**

- 2001/12/18 (火) 23:48

投稿内容削除

 

あれれれ? [No.203]

投稿者:兄貴(赤)

- 2001/12/19 (水) 11:35

まず、ご質問に答えます。

 

>(引用部分削除)

 

ゴジラの「シェー」は、一演出にすぎません、好き嫌いの問題はあるでしょうが、「シェー」をしたからといっ て、ゴジラの根本が変る

問題ではないので許せます。

ですが、GMKでは各怪獣の個性やアイディンティーを別物に変更しています。

これでは、名前と形はゴジラでも、本来のゴジラとは別物と受け止められます。

 

> (引用部分削除)

 

ギドラ氏も確認していますが、再度確認します。

「ゴジ電」とは、「ゴジラ電撃作戦」のことで宜しいのですか?

どうして「ゴジ電」なのでしょう、オリジナルの「怪獣総進撃」はご覧になっていないのでしょうか?

何年前にご覧になったのでしょう?

「怪獣総進撃」では、世界中に生息していた怪獣達を小笠原諸島に集め、怪獣達の習性を利用して他の地に怪獣 が移動しないよ

うにして管理していたのですよ。

そこをキラアクが襲って、怪獣をコントロルして、世界中を襲ったのです。

ニューヨークをゴジラが襲いました、モスラは中国、ラドンはソビエト、ゴロザウルスが凱旋門下から出てくる のはダウトですが…

モスラ、マンダが東京を襲撃しましたが、それもキラアクのコントロルのせいであって「日本にいた」のではあ りませんよ。

 

その後、人間側がキラアクのコントロル装置を奪って、怪獣達をつかって逆にキラアクを攻撃したのです。

クモンガやマンダが「日本にいた」演出や設定は一切ありません。

**さんは、先日も「三大怪獣地球最大の決戦」でのキングギドラは白目だとか言うし、ちゃんと映画見てます か?

 

まさか「ゴジ電」って「ゴジラ電鉄」とかいう私の知らない映画ではないですよね(笑)

 

**さんの事ではなく、怪獣映画が好きですとおっしゃる方々なら東宝特撮映画は、ほとんど手元に置いていつ でも鑑賞できる状

態にして頂きたいものです。

それは、VTRでも良いし、LDもよしDVDでもいいですよ、何度も鑑賞して作品を深く認識して頂きたいで す。

1~2年に一回、オールナイト上映とかで、たまたま観れたと喜んでいる様では、作品の真意は見えてこないと 思います。

黄金時代に作られた作品はどうして面白いのか、練り上げられた関沢脚本、無駄無くそして必要な事はきっちり 描く本多演出、そ

して円谷特撮の醍醐味を何度も観て感じてほしいです。

そうすれば、本当に面白い怪獣映画はどう在るべきなのか少し分ってきます。

それが見えてくるとGMKがどれだけダメダメなのかも分ってくると思います。

 

 

> (引用部分削除)

 

まあ、それは**さんの感じ方ですから良いですが、私は初ゴジを「狂った死体」なんて思った事はないです。

人間のエゴで生まれ、人間の都合で消された可哀相な生き物と思っています。

 

 

>(引用部分削除)

 

すみません、この文章は理解できません。

どうして「毒化合物」で消滅した様子をTV中継されてなければ、肉食と無関係になるのでしょう?

 

 

個人差で片付けてはまずいです [No.205]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/19 (水) 14:46

>**さん

円谷監督のゴジラと、別の監督が演出したゴジラを

並立させるのは間違っています。

ゴジラは円谷監督が作り上げたキャラクターです。

もちろん、香山滋さんの発想も本多猪四郎監督の

発想も入っているでしょう。

しかし、ゴジラをワンカットワンカット演出して

フィルムに定着させていったのは円谷英二監督なのです。

(田中友幸プロデューサーこそがゴジラの生みの親だという

説もありますが、田中プロデューサーは『ゴジラ』という

映画の企画を軌道に乗せただけで、ゴジラそのものの

キャラクター作りにどれほど寄与したか定かでない)

 

ゴジラの著作権がどうとか、肖像権がどうとかいう利権の話は

芸術論とは関係ありません。

 

映画に登場するゴジラは円谷英二監督のものなのです。

(ゴジラの基本設定は香山滋さんによるところが大きいでしょう)

生みの親の演出、解釈に文句をつけるほど馬鹿げたことはありません。

(『ミザリー』のファンになってしまう)

好き嫌いはあるでしょう。

「シェー」が嫌いなら仕方ないです。

しかし、シェーをやったからといって、それをゴジラじゃない、というのは

間違っています。

 

円谷監督によるゴジラは、

その他のゴジラとはぜんぜん違う位置にあるのです。

ゴジラは円谷監督が最初から面倒を見て、育ててきたキャラクターです。

その他の監督は、他人が作り上げたキャラクターを借りているに過ぎないのです。

 

ですから、円谷監督によるゴジラにはありえない演出やデザインが施されたと

思われる(その判断は、作中の円谷ゴジラを総合して考えます。ですから、私の判断が

正しいとは言いきれません)とき、私はそれをゴジラとは認めません。

GMKゴジラで言えば、まず白目になった段階ですでにゴジラとは思えないです。

好き嫌いの問題ではないのです。

 

さて、『怪獣総進撃』については兄貴(赤)さんの解説通りです。

属性改変とはなんら関係ない映画です。

(ゴロザウルスが地底から現れるのが難点ではありますが、

これもパリに地底怪獣という報告を受けた主人公が「バラゴン?」と

セリフで言っているわけで、劇中でもおかしな事態であることを

ほのめかしているわけです。まあ、マニアのみなさんだと製作上の都合で

バラゴンからゴロザウルスに変更になったのだ、とか言うのでしょうけど、

あくまでも作品を読み解くという考え方をすれば裏事情は関係ないです)

 

というところで、私のもうひとつの質問にはお答えいただけませんか?

**さんが初代ゴジラに見出している属性は劇中のどんな演出、映像、

演技から感じられるのでしょうか。

私は『ゴジラ』におけるゴジラは、ひたすら野性動物として描かれていたと

感じています。

攻撃されれば怒って反撃するし、珍しい物を見ればよく見ようとする

(大戸島で恵美子を覗きこみますね。手を伸ばそうとしているようにも

見える)、不審なものには威嚇する(鳥かご)、急に大きな音がすれば

驚く(和光の時計台)、etc・・・

もちろん、ゴジラにはさまざまなメタファーも盛り込まれているのは

承知しています。

デザインがきのこ雲から発想されているとか、放射能をもつ息(火焔)を吐くのは

核兵器の威力を連想させるとか・・。

しかし、ゴジラの行動は地球の生物なら当たり前のことしかやってないはずです。

それも、爬虫類より哺乳類に近い気質のようです。

初代ゴジラに狂気を感じるなら、瀕死であるように見えるなら何にそれを感じたのか

を教えてください。

眼、口元が狂っていると言われても初代ゴジラの眼や口に狂気を見出せるのがなぜか

わからないです。

 

ついでに、別スレッドを立ててくださって構いませんので、GMKをいいと思うのは

なぜかもお願いします。

これまではGMKの欠点に関する書きこみがほとんどでいらっしゃったので、

てっきりGMKの全体的な評価が低いのかと思っていたら、

平成作品の中でベスト、というお話しに少し驚いています。

 

>兄貴(赤)さん

ゴジラは決して人間が生み出した生物ではありませんよ。

 

海棲爬虫類から陸上獣類に進化する途中の極めてまれな中間型の生物。

核兵器の放射線を受けても死なない生命力。

という2点が『ゴジラ』で語られています。

山根博士が間違っていた、という物語展開もありでしょうけど、

そんな作品が提示されない限り、まずは有史以前からゴジラという「不思議な」

生き物が地球のどこかで生きていたと考えるべきです。

放射能を帯びるようになったのは、人間のせいでしょうけれど、

ゴジラは核実験以前からゴジラであったということです。

 

 

ギドラさん [No.207]

投稿者:兄貴(赤)

- 2001/12/19 (水) 15:42

ゴジラは有史以前から存在したのでしょうが、我々が認識しているゴジラは29年ゴジラからです。

したがって、既に核の洗礼を受けたゴジラがゴジラであり、それ以前のゴジラは形こそ同じであれ属性的にはゴ ジラではないと思

います。

放射能をまとい、口から放射能火炎を吐くのは、核の洗礼を受けたからだと思うのです。

であるなら、核の洗礼を受ける前のゴジラは放射能火炎を吐かない訳で、それはゴジラではないと思います。

 

さて、私が申し上げたのは「人間のエゴによって生まれた」です。

人間は自らの欲望や権力の為に核兵器を作りました、これがエゴです。

その核のせいで、ゴジラはゴジラになったのですから、私の発言に間違いはないと思います。

 

 

もっと検討すべき問題ですね [No.208]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/19 (水) 17:25

>兄貴(赤)さん

映画『ゴジラ』において、ゴジラは大戸島の伝説の怪獣と同一の

生物であることがほのめかされています。

(断定はしていないが、ゴジラという名前は核実験以前からあった)

また、放射線の洗礼を受けながら生き長らえているということは、

すでに最初から通常の生物の枠からはみ出した存在として

設定されているわけです。

(決して放射線のせいで超生物になったわけではない)

そう考えると、ゴジラの怪獣性は核兵器とは無関係であり、

核実験によって放射能火焔を吐けるようになったことが

決定的な怪獣ゴジラの成立とは言えないのではないでしょうか。

 

ただし、映画キャラクターとしてのゴジラは

『ゴジラ』という映画作品をルーツに持つわけですから、

そのアイデンティティを守るためには、『ゴジラ』以前の

ゴジラの物語を描くことを忌避すべきだとは思います。

 

私の考えは、このようになります。

ゴジラは『ゴジラ』以前から怪獣(ゴジラ)であったが、

核実験によって放射能火焔を吐くという属性を付与されるようになった。

 

またゴジラが人間の行為とは関係なく成立した生物であるという

視点を持ち込まなければ、自然と科学の対立という構造を

描き得なかったはずです。

もちろん、同時にゴジラは核兵器のアナロジーとしての役割も

担っていて、そこが『ゴジラ』という作品とゴジラの複雑さでもあります。

ゴジラを人間の愚行の結果であるという枠におさめても

『ゴジラ』でのゴジラは劇中の役割をまっとうできるのかもしれませんが、

それだけではなかったからこそ、続編を作り得たのではないでしょうか。

 

 

削除記事 [No.212]

投稿者:**

- 2001/12/19 (水) 23:17

投稿内容削除

 

**さんだけじゃないんでしょうけど [No.213]

投稿者:ghidorah(管理者) (218.42.163.206)

- 2001/12/20 (木) 09:23

>(引用部分削除)

そうおっしゃられては、あまり深い話も出来ませんなぁ。

ほかにもいらっしゃるんでしょうね。

その程度でゴジラファンだと「豪語」している人が。

 

**さんがおっしゃる、『ゴジラ電撃大作戦』(『怪獣総進撃』)で怪獣たちが

小笠原にいることの受け止め方は、ストーリー無視ですね。

(まあ、タイトルの不正確な表記は戒むべきですが、揚げ足とりもかっこ悪いですよ)

作品の企画意図とそれを劇中に反映させるための設定作りの区別が出来ておられないようですね。

 

>(引用部分削除)

失礼。

このご発言を曲解してしまったようです。

つまり、**さんはGMKのゴジラをゴジラと認めないなら、

大戦争ゴジラや三大怪獣ゴジラもゴジラとゴジラじゃないと考えるべきだとおっしゃっているわけですね。

そして、**さんご自身はどちらもゴジラであると考えると。

私がGMKゴジラをゴジラと思わず、円谷監督が演出したものは正統なゴジラであると思う理由は述べました。

これは、クリエーターの「創造」とはどういうことか、という認識が違っていると溝は埋めがたいでしょうね。

芸術分野では著作権というものがありますし、技術の分野でも特許というものがあって、

「創造者」の権利を守っています。残念ながら、それらは利権を守るにとどまっているのが現状ですが。

映画製作は多くの人間の共同作業であるため、責任の範囲がわかりにくのが不幸です。

映画の場合だと、会社が著作権を握ってしまうことがほとんどなのですよね。

しかし、我々映画観客は創造物の中身を問題にすべきです。

誰が儲けるかを話し合っても仕方のないこと。(そんなことはおわかりでしょうけど)

ゴジラの意匠は、円谷監督の発想を元にするべきです。

それがゴジラです。

これが鉄腕アトムだったら、手塚治虫以外の作家がアトムを白目にして新作を描いたら誰も認めないんでしょう けどね。

円谷英二監督の創造力と発想を尊重しないところにゴジラはいないのです。

世界的な人気を博した怪獣ゴジラには円谷監督の思いが込められているのです。

どうか先達の「思い」や「叫び」を忘れたり、無視しないでいただきたい。

 

 

困ったなぁ [No.215]

投稿者:兄貴(赤)

- 2001/12/20 (木) 10:55

はぁっ?

え~と、私はモスラやキングギドラは元々日本にいない(生息してない)と申したのですが、それに対して** さんから「ゴジ電」で

は、クモンガやモスラも日本にいたとおっしゃるので、それは違いますよ、怪獣達は小笠原諸島に集められたの ですよと回答しまし

た。

つまり、元々はインファント島やゾルゲル島にいた怪獣を一ヶ所に集めたのであって、元々小笠原諸島に生息し ていた事にはなっ

てないですよと説明したのですが…

それに対して、小笠原諸島も日本だから全ての怪獣は日本にいるとおっしゃる…

 

**さん酔ってます?それとも変な薬飲んでないですよね??

あの~、おっしゃってる事がむちゃくちゃなんですけど…

 

まあ、でも**さんはゴジラにそれほどこだわりは無いという事なので、これ以上無意味な話しはやめましょ う。

だた、一つ申し上げたい。

BBSなどで、映画を語る場合その映画を、過去の記憶を手繰って語るのは止めた方が良いですよ。

昔、1~2度観た程度で、その映画を語るなど無理な事です。

特にこだわりが無いのなら仕方が無いですが、ゴジラファンですとかゴジラマニアですとおっしゃってBBS等 に書き込みをされてい

る方々は、最低でもゴジラ映画は全て手元に置いて何度も鑑賞しているはずです。

好きなら当然ですよね。

出来る事ならゴジラ以外の作品もそうする事が望ましいです。

「海底軍艦」「地球防衛軍」「フラバラ」どなど良い作品が沢山あります。

「人間シリーズ」も超おすすめです。

さらに、東宝以外でも「ガメラシリーズ」「ガッパ」「ギララ」「大魔神シリーズ」などなど沢山の特撮映画が あります。

こういった作品を手元に置いて、何度も鑑賞して何が良くて何がいけないのか考えてみるのも一考です。

 

 

削除記事 [No.223]

投稿者:**

- 2001/12/20 (木) 22:57

投稿内容削除

 

 

それは「個人差」とかにスリ替えられる問題ではなくて [No.225]

投稿者:祝 二十郎

- 2001/12/21 (金) 01:18

ゴジラやGMKの話題から激しくずれてしまいますが、「言い負かされるのが悔しいから」

と言って不毛な書き込みを繰り返すのは、それこそ不毛なわけで。

でも、不毛ついでに書いておきます。

 

>(引用部分削除)

 

そんな設定では、アトムはアトムでは無くなってしまいます。

個人差や好みの問題ではありません。

 

これは誰も知っている有名なエピソードなのですが、**さんはご存知で無いようなので書

いておきますね。

アトムは生みの親の天馬博士から「成長しない」という理由で疎まれてサーカスに売られて

しまい、そこをお茶の水博士に拾われて、後に大活躍していくのです。

つまり、「永遠の少年」の姿をしていることがアトムであり、**さんの言う「中学生的な

キャラクター」に成るようなことは決して無いのです。

 

それは手塚治虫以外の人がやればアトムの「改悪」ですし、手塚氏が存命だったとしても、

自分の決めた(創造した)ボーダーラインから大きく逸脱したアトムは描かないでしょう。

 

>(引用部分削除)

 

しかし、**さんが好きだと言う概念やキャラクターを生み出し、世間に定着させていった

のは円谷英二であって、この人抜きには「夢を見せてくれる楽しい装置=ゴジラ」もこの世

に出現しなかった、という点は考慮すべきではないでしょうか?

 

**さんは、様々なアイデアをWebで発表されていますが、その全てが「生みの親の考え

ていた事なんてどうでもいいもんね、オレは」という態度の元に生み出されたものなのでし

ょうか?

それは要するに「既存の有名なキャラクターを適当に自分の企画に配置して(既存のキャラ

クターを使う〔=他人の褌で相撲を取る〕ことで、新規の魅力あるキャラクターを創造する

という労を免れる)、それで喜んでいるだけ」ってことになりはしませんか?

 

**さんが円谷英二の存在を軽視されるのは、それこそ「個人の考え方」なのでとやかく言

うつもりはありませんが、「他人の考えたキャラクターでも名前と姿だけ借りてきて、後は

どうにでもしていいんだ」という態度は物事をクリエイトしようとする人のものとしては、

少々眉を顰めます。

 

ウルトラマンのデザインをされた成田亨さんが自著で、「(あのデザインで完成されている)

ウルトラマンに角やおっぱいをつけてはいけない」と、後のウルトラデザイナー諸氏の安易

なデザイン手法を批判されていますが、クリエイターの態度として**さんは成田氏の考え

はやはり受け入れられないものですか?

 

大きくて強くて基本的なデザインと能力を有していれば、そして、自分の趣味に合えば、ま

たは面白ければ、ゴジラにおっぱいや角をつけてもそれで良しとされますか?

 

既存のキャラクターを使って新しい作品を創造する場合、大切なのは、**さんの言われる

「何をやっても(やらせても)面白ければそれでよし」ではなくて、「(属性等の)制約の

ある中でいかに魅力的な作品を創造できるか」ということだと私は考えます。

 

 

削除記事 [No.227]

投稿者:**

- 2001/12/21 (金) 06:20

投稿内容削除


 

007は2度だけど・・・ [No.193]

投稿者:祝 二十郎

2001/12/17 (月) 22:26

 

今回のGMKで、ゴジラに死が訪れたのは通算3回目。しかも、今回のは

カタルシスもなにも無い自己崩壊(だかなんだか^^;)。

 

今回の作品で、(心臓が残っていたにせよ)ゴジラを殺しちゃったことに

ついて全然批判意見が聞かれないのは何故なんでしょうね?

誰もがゴジラに思い入れが無いから?それとも、あれもまたトラゴジ同様

「ゴジラ」ではないと皆が思っているから(笑)?

 

私見では、ゴジラの死があまりに唐突に語られるものだから、皆何が何だ

か判らないからだと思うのですが(笑)。

http://www.godzillamovies.org/

子記事

 

 

 

その話が出ちゃいましたねー [No.195]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/18 (火) 11:14

誰も言わないですねぇ。

『GODZILLA』に怒りを露わにした人も

その件に不満を述べないですねぇ。

不思議ですねぇ。

 

私事を申し上げると、

大前提でGMKのゴジラはゴジラではないので

あのラストに腹も立たなかったというところなのですけど。

(呆れはしました)

それとその件は属性改変に絡むのでもう少しあとで触れようと

思ってました。

 

ゴジラは破壊神でなければイヤだ、という人も多いですが、

その考え方から行けば、

あんな風にゴジラが滅ぼされるのは言語道断ではないのですかね。

 

まあ、ゴジラやほかの怪獣がその属性をどんなにいじられても

気にならない、という人は個々の怪獣に思い入れがない

(あるいは外見しか見ていない)ということですから、

怪獣が死のうが生きようが関係ないんでしょう。

 

あと、ゴジラが爆発(?)かなんかしたのはわかっても、

骸をさらすわけでもなく、

人間側のエンディングがひとしきりあったあとで

海底の心臓にカメラが移動しますからゴジラの死を

あまり感じさせない演出ではあったかと思います。

(きっと、小さい子供はラストの心臓の意味がわからないのでは?

さらにはゴジラがどうなったのか判断できなくて悩むかも)

 

 

その話しが出ちゃいましたか(^^) [No.200]

投稿者:兄貴(赤)

- 2001/12/18 (火) 18:42

GMKは突っ込みどころが多くて、その話題は最後にしようと思ってたのですが、祝さんがふっちゃったので書 きます(笑)

 

考えてみれば、3回目ですね、初ゴジは物語り上ラストはああなるしかなっかたでしょうから論外として、それ 以降ゴジラは無敵で

した。

ゴジラは無敵で良いのだと思います。

と言うより、昭和シリーズで怪獣が死ぬ事は滅多になかったんですよね。

モスラは寿命が尽きて死ぬけど、幼虫が孵化して存続するし、キングコングも島に帰っただけだし、キングギド ラも宇宙に逃げてい

っただけでした。

ラドンとゴジラも、インファント島に帰るモスラを見送って、その後どうしたのか??

まあ、ザコキャラと言ったら失礼ですがメイン怪獣でない方々は死んじゃってますけど(汗)

カマキラスやクモンガ、エビラもそうか…

 

ですが、最近のVS物は、相手怪獣が死ななければ物語に収拾を付けられなくなって来ているみたいです。

そこがまた私としては不満なのです。

殺さなくても物語に決着はつけられるはずです。

それは、昭和作品を観て頂ければ分る事です。

 

今回のゴジラも殺さなくても物語りを完結させる事は出来たはずです。

例えば、立花准将が命を捨てて残留思念を沈め、ゴジラは海に帰って行くラストでも良かったと思います。

いや、むしろこの方がGMKの設定上自然ではないでしょうか?

ところが、ゴジラは自爆します。

それも、何故爆発したのか良く分らないのです。

まあ、理論的に考えると「なんでゴジラが、こうもあっけなく死んじゃうんだ!」と言いたいのですが、実際映 画を観た時はその様な

感情はなかったのです。

爆発する前に、ドリルミサイルで穴が空いた時点で、「はぁ?」と思い、その後その穴からピュ~ッと放射能火 炎?が吹き出た時点

で腰が砕けて、あとはもう勝手にしてくれという気分でした。

だから、「ゴジラが死んでしまった!」という大イベントには感じられず、「なんて恥ずかしい死に方なんだろ う…観ているこっちも恥

ずかしい!」という気分でした。

 

平成ゴジラも最後はメルトダウン(だから原子炉じゃないってば)という形で自爆しますが、あれとて人間が引 き起こした事ではな

く、まあゴジラの病気みたいなもので自滅したのだからしょうがないのですが、今回はドリルミサイルで開けた 穴が元で爆発したよ

うです。

初ゴジ以来50年ぶりに人間がゴジラをやっつけたことになります。

そんなゴジラが、最強で恐くて破壊神などと言われても、困っちゃうのです。

シリーズ中、最も弱くて情けなくて格好悪いゴジラではないでしょうか?


 

よし今週末には行けそうだ! [No.196]

投稿者:Lans

2001/12/18 (火) 11:17

 

なんとか今週末には見にいけそうでし!

既に、書きたい事もありますが・・・とりあえず今回はBGMについて・・・

(今回、かなり辛口!でし)

 

今回のBGMは完全に劇伴指向と思っております。

これは、これでいいのですが・・・

ただ、CDなどサントラとして、音楽単体で聴いたときに非常につまらないんですよね。

確かに画面とマッチしてのBGMだとは思います。

でも・・・

 

過去のゴジラBGMって、結構、単体で聴いてもいけると思うんです。

それは、各主題のテーマがキッチリとした旋律をもち、

さらにそれ自体が一つの楽曲として完結しているからです。

(伊福部先生は当然としてvsビオランテ・vsスペゴジ・対メガギラスでさえ曲はまとまってます)

 

残念ながら、今回GMKの曲はそれが今ひとつと思えます。

これは「平成ガメラ」から一貫してる不満なんですけどね・・・

CDジャケットには

「今回はガメラと同じにならないように・・・」

という趣旨の文章が掲載されていましたが、一通りのガメラ、ゴジラのサントラを

普段のBGMとして生活する私の耳には・・・

「同じじゃん・・・とくにレギオンに近いよ・・・」

とか思ってしまいました。

 

確かに曲調は作曲家独自のものなので、とやかく言いたくはありませんが

(伊福部先生だって、全部同じと言われればそれまでですし)

このようなキャラクター対象(怪獣や防衛軍)がハッキリした作品に置いて

明確な口ずさめるようなメロディーって重要ではないですか?

(エンドレスで口ずさめると最高)

 

少なくとも、私が自分の作品で外部の音楽屋さんに発注する場合は

その辺りを何回も厳しく注文するんですが・・・

(ゲーム音楽では、同じ音楽を何回も聴き通すので、かなり重要なんです)

 

やはり

「画面と口ずさめるメロディーの両立」

これが欲しいです。

(一番難しい注文ってのは仕事でも扱うので重々承知してますが)

(なんとか頑張ってもらいたいでし)

 

はぁ、サントラ買って2日間程聴き倒して・・・既に飽きました・・・

やっぱり口ずさめない・・・

(実はG2000にも同じような不満を持ってはいたんですがねぇ・・・)

 

さて、映像に期待しましょうかね。

子記事

 

 

 

むぅ。偉すぎる! [No.198]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/18 (火) 16:42

Lansさん、GMKのサントラCDをお買い上げなのですね。

私は、まだみていない映画のサントラ盤を買うほど勉強熱心ではなくて、

作品が気に入らなかったらサントラも買わない、いや、音楽としての自立性が

ない映画音楽のサントラは買わないです。

(つーわけで、あまり映画音楽のサントラ盤はもってないのです)

 

>このようなキャラクター対象(怪獣や防衛軍)がハッキリした作品に置いて

>明確な口ずさめるようなメロディーって重要ではないですか?

 

もー、おっしゃる通りでございます。

伊福部先生も基本的には、映画音楽において特定のキャラクターに特定のメロディを当てはめることを忌避して いらっしゃるのです

が、

特撮映画だけは別で、

特撮映画には実在しないものが登場することが多いため、

キャラクターにメロディを当てはめて、感情面(音楽は感情を直接刺激する)からキャラクターの実在感を補強 する手法を取っている

そうです。

 

もちろん、印象強い(わかりやすい)メロディでなければ、その手法も役に立たないわけです。

 

音楽の話ももっともっと掘り下げていかなくてはいけないですね。

(ああ、私は音楽についてはあんまり造詣が深くないので漠然とした話しか出来ません)

 

なんとか週末にLansさんが鑑賞出来ることを願っております!

 

 

あ~ん [No.201]

投稿者:兄貴(赤)

- 2001/12/18 (火) 18:46

Lansしゃん、お元気でしたか?

仕事が忙しいのでしね?

週末、LansしゃんがGMKを観れるように祈ってるでしよ。

そして、Lansしゃんの感想楽しみにしてるでし。

 

これで、スレッドの順番が元に戻るでし(^^)


 

GMK面白かったですよ [No.204]

投稿者:gil

2001/12/19 (水) 14:06

 

GMK大怪獣総攻撃。やっと見てきました。個人的にはとても面白かった作品です。しかしながら、ここの掲示 板には結構厳しい評価が多

いですね。ゴジラ以外の怪獣の役割が違うとかこだわりもあるようですね。しかし私の場合は、映画の内容自体 が発表された時点ですん

なり受け止めました。(というか、平成シリーズの時点で関連付けるのを止めました) まあ、ゴジラの世界自 体がいくつにも分かれたパラ

レルワールドであると。それなら幾つもの可能性のあるゴジラ映画が存在したとしても良いかな? とも思いま す。映画は楽しければ十分

だと私的に思います。その意味では今度の映画は十分すぎるほど出来は良かったと思います。

子記事

 

 

 

こんにちは [No.206]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/19 (水) 14:57

gilさん、いらっしゃいませ。

 

そうですかぁ。

楽しかったですか・・。

 

どうも、GMKはお話しのつながりというか因果関係がめちゃくちゃで

理解不能だったもので首をひねるばかりで終わっちゃったという印象です。

 

有名怪獣を別物にしちゃったというのはまた別の問題なんですけどね。

 

うーん、遠慮がちに・・、その、gilさんはおもしろいと感じたその源を

考えてまた書きこみに来てくれませんか?

 

私もゴジラ映画がいくつかのパラレルワールドを為していても仕方ないと思いますけれど、

それは社会体制や歴史が食い違いを見せているというぐらいにとどめておくべきだと思います。

主役たる怪獣まで作品ごとに別物になっちゃうのでは、再三申し上げているようにキャラクターの崩壊を呼びま すよ。

 

あ、でも、とにかく書きこみに感謝します。

 

 

gilさん始めまして。 [No.216]

投稿者:兄貴(赤)

- 2001/12/20 (木) 12:36

兄貴(赤)と申します。

今後も書き込み宜しくお願いします。

キョウハ御挨拶という事で(^^)


 

GMKはそんなに駄目? [No.209]

投稿者:パシン

2001/12/19 (水) 18:21

 

いやーなんとも嫌われたものですね。

これだけ否定されては私が面白いと感じた部分を理解してもらうのは

難しいと思います。(私は20年来のプロレスファンでして何回も似た

ような挫折を味わってますので)

 

何故、GMKが良かったのか。一つには「画」です。

バラゴン本栖署出現からモスラ撃破辺りまでの映像は今まで見たかった

のにゴジラシリーズでは見られなかった「画」がてんこもりでした。

GMK以前のシリーズではどうしてもミニチュアセット内での絵空事に

しか見えなかったゴジラの都市蹂躙が非常にリアルに感じられました。

 

例えば、病院の窓から見えるゴジラの接近。交差点の向こうに現れる

ゴジラの巨体。防衛隊を白熱光で一掃、爆風に吹き飛ぶ隊員等々。

怪獣映画は「画造り」が60%を占めると思っている私としてはその点

でGMKを高く評価しています。

 

ストーリーとしては怪獣を追いかけることで人間ドラマが最後まで

絡んでいる点に好感が持てました。

皆さんが不快感を示している怪獣の属性変更については気にして

おりません。残留思念云々についても、あくまで戦争の影を醸し出す

為の装飾の一つだと理解しています。

 

そうはいっても私にも不満はあります(ギドラ戦のメリハリの無さとか

最後の特攻の件とか)。でもそれを補って余りある迫力が感じられた

GMKは次回への期待を膨らませてくれました。怪獣映画も捨てたもん

じゃないなと。どこを直したら良いのかも解らないほど私には駄目で

あったVSシリーズと比べると大きな進歩だと感じました。

まぁ点数にすると前半120点、後半70点ならして95点という評価

です(高すぎますか?)。

 

ちなみに私のゴジラ映画ベストは別格で54年「ゴジラ」、続いて

「キンゴジ」、「モスゴジ」、GMKとなります。

皆さんが高く評価する「三大怪獣~」は例の「モスラが説得しています」

の件が気に入りません。どう理屈を付けようがあそこの件は納得できません。

同様にGMKについても皆さんは納得できないのでしょうね。

人間の趣向の多様性というのは難しいもんです。

子記事

 

 

 

いえいえ [No.210]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/19 (水) 19:05

おお、パシンさん。

お見限りかと思っちゃいましたよ。

 

「画」で評価するという軸は私もわかっておりますよ。

 

それでも映画を総合評価するときにはやはり、昔から言われている

1筋(脚本、ストーリーですね)

2ヌケ(古い格言なので映像の鮮明さを表しています。かつてはフィルムや機材が貧弱だったためまずはちゃん と見えることを目指

したそうです。現在に置き換えると映像のクオリティということになりましょうか)

3役者(演技・出演者のキャラクター)

という順位で考えています。

(ゴジラシリーズの場合、まずゴジラありきで発想されるべきなので、1と3が混然とすることになります)

 

劇映画が感動を呼ぶとすれば、まずはストーリーがしっかりしていないといけないはずです。

筋が通らないことには人間、拒否反応を起こします。

 

それでも、筋がぼろぼろでも楽しめることはあります。

私の場合は、『ドリヴン』がそうでした。

私はあの映画をどうしようもない駄作だと断言します。

それでも十分楽しみました。

それは私がレースファンだったから。

本物のレースを撮影しており、本物のレーサーやチーム関係者が大スクリーンに登場して芝居のまねごとをやっ ているのがおもし

ろくて仕方なかったのです。

もちろん、ダメダメなところをコメディとして楽しむことも出来ましたけど。

極めて個人的な知識や体験に基づいて楽しんだだけなので、『ドリヴン』を傑作だなどと強弁するつもりはない です。

あれはダメ映画です。

 

GMKでは人間側の芝居が確かに怪獣のラストバトルまで絡みます。

しかし、しかしなのですよ。

ごめんなさいね。

その人間ドラマに「筋」が通っていないので、しらける一方なのですよ。

 

パシンさんが「三大怪獣~」を気に入らないのは仕方ないです。

それでも、私がGMKを気に入らないのとは問題が違いませんか?

 

うーん、それにしても、いくら自然な合成画面が出来上がっていても、

そこに登場している怪獣が不格好ではぶち壊しなのでは?

怪獣デザインも重要なビジュアル要素です。

いや、これも、パシンさんがGMKの怪獣デザインを気に入っていれば問題にならないことですが。

 

 

パシンさん、こんにちは。 [No.217]

投稿者:兄貴(赤)

- 2001/12/20 (木) 12:43

兄貴(赤)と申します、宜しくお願いします。

パシンさんが面白いと感じられたのを、我々が理解できるか否かは別として、

GMKに付いて大いに語りたく思います。

 

 

GMKはホラー映画かも [No.226]

投稿者:パシン

- 2001/12/21 (金) 01:48

>ghidorahさん

 

>怪獣デザインも重要なビジュアル要素です

おっしゃる通りです。でGMKゴジは結構好きなんですよね。これが。

私がゴジラ造形に求めるのは「禍禍しい異形の巨獣」なんですが、

GMKゴジラは充分それを感じられました。歴代ゴジラでも初ゴジ

それもギニョールゴジラの面構えが好きだったりするんでGMKゴジは

ツボでした。(内蔵メカの関係で首の付け根に変な隆起があるのは減点です)

造形についていえばバラゴン、モスラも良かったです。ギドラは不満ですが。

(ちなみに私はガレージキットが趣味なもので拙作をHPで展示してます)

 

>パシンさんが「三大怪獣~」を気に入らないのは仕方ないです。

>それでも、私がGMKを気に入らないのとは問題が違いませんか?

 

「三大怪獣」のあの場面は納得できませんが良い映画だとは思います。

特に脚本の妙味は絶妙です。複数の怪獣が出る映画の手本だと言えます

よね。「画」の部分でもキングギドラについていえば未だあれ以上の表現

は為されていないと思います。登場シーンから引力光線のシークエンス

まで正に「ギドラが主役」の映画ですよね。

それでも、あの説得シーンは×です。あれ一発でゴジラがまるでウルトラマン

タロウの怪獣に見えてしまったんですよ。

(私は確かタロウの頃、近所のリバイバル映画館で見たのが初見でした。)

 

つらつらと書いていますが、正直GMKの面白さは言葉で説明しづらい

んですよね(笑)。「画」であったりテンポであったり迫力であったり。

ずっと見たかった「怖さを感じさせてくれたゴジラ」がようやく実現して

嬉しかった部分もあるし。他者と語る場合も「あのシーンが・・・」って

話ばかりになるんですよ。

 

私はホラー映画も好きなんですが、あのジャンルも筋が通らない映画が

多い世界です。逆に筋を通そうとするとダイナミズムを失ってちっとも

怖くなくなるという。今回私がGMKの筋に違和感を感じなかったのは

そういうホラー映画好きの資質の部分があるのかもしれません。

 

>兄貴(赤)さん

こちらこそよろしくお願いします。

下のスレの親子の会話の件ですが、私は5回見に行きましたが(物好き)

普通の方々がどう感じたか気になるので聞き耳を立ててみると概ね、

(親)「今度のは凄かった」(子)「怖かったけど面白い」って意見

が多かったですよ。現に娘の通う幼稚園ではちょっとしたゴジラブーム

が起きているようでハムにつられて見に行った子供達がゴジラごっこを

して遊んでいるそうです。

http://junnakagawa.hoops.livedoor.com/hp/

 

 

あ、タイトルが思いつかない [No.230]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/21 (金) 10:43

そうそう。

私も優れた物語には、

どこかに「なんでそうなるの?」と

思わせる飛躍が必要だと思っています。

黒澤明監督が『七人の侍』の創作ノートに

「偶然を恐れるな」と書き残しているのが

頭にこびりついています。

 

ただ、その飛躍をどれだけ取り入れるかの

バランス感覚が、

いい作家と悪い作家を分けるのではないかとも思うのです。

 

ホラー映画における筋の通らなさは

基本的に、理不尽さは気持ち悪さにつながるから

「効果」として取り入れられているのではないでしょうか。

たしかにGMKにも気持ち悪さはあったのですが、

それは作品が目指すべきものと一致しないのではないか、

というのが私の考えです。

 

『三大怪獣~』で、

たとえ小美人の通訳つきであったとしても

ゴジラやラドンにせりふを言わせたことは、

実は私の中でのまだはっきりした評価を下せずにいます。

怪獣はセリフをいわなくても雄弁に何かを伝える力を

もった究極の肉体表現ではないかと思うところもあるので、

「言葉」を使わずに済めばそれに越したことはないのではないか、

と思うわけです。

とはいえ、実際に『三大怪獣~』を鑑賞すると

あのシーンに違和感を感じることがないのです。

ずいぶん前に、某ゴジラファン掲示板で、

その謎に誰か何か答えかヒントを持っていないものかと

私の疑問を投げかけてみましたが、だれもレスしてくれませんでした。

パシンさんは、「あれは駄目だ」という受け止め方なので、

ゴジラに言葉は要らない、という考えと矛盾しませんから問題は

ないところなのでしょうけど、

私にとっては長年の疑問であります。

好みとは違うはずなのに、違和感を感じない、それどころか

ゴジラとラドンがモスラの説得の前で互いに牽制しあうさまが

楽しくてしょうがないのです。

ひょっとすると、これも、優れた物語に必要な「飛躍」のひとつなのか、

などと考えています。


 

私は楽しみました! [No.211]

投稿者:レグルス

2001/12/19 (水) 21:36

 

『GMK』、厳しい評価が多いようですが、私は堪能しました。

比較の対象が違うかもしれませんが、『ガメラ』『ガメラ2』の間くらい。

1976年生まれの私としては、初代『ゴジラ』を除けば『VSビオランテ』がベスト。

それに継ぐマイ・ベスト・ゴジラ映画ランキングに入り込みました。

(『VSメガロ』を除いて全ての作品は1回ずつは見ています。)

 

皆さんが言われるような、怪獣の属性変更は全く気になりませんでした。

 

確かに特撮面ではミニチュアがハッキリ感じられるカットが殆どだったのが難点。

特に横浜はもっと“寄り”で撮って欲しかったです。

ギドラとモスラと3体が動き回るので、そうなったのでしょうが、

防衛軍地上部隊の角田さんか、新山千春の目線に統一するとか、

方法はあった筈です。

『ハム太郎』に樋口監督をとられたのが痛かった(?)。

 

本編はかなり評価しています。

最後に、あの状況で立花准将が生きている、というのがどうしても納得はできませんが。

殆ど完全に忘れ去られていた『ゴジラ』のテーマ“反戦”(“厭戦”)を

しっかり現代に通用する形で描いたのが最大の成果だと思います。

その結実があのキノコ雲シーン。

確かにその後は一回も出てこないのが惜しいのですが…。

 

私にとって、望むゴジラ像とは、“怖いゴジラ”です。

本作では、人間がゴジラの影響で死ぬシーンを比較的しっかり描いてはいるのですが、

『ガメラ3』の渋谷ほどインパクトがなかったので、

ゴジラの怖さが充分描き切れていないようなのが残念ではあるのですが…。

夜の都市で逃げまどう人々と共に街を破壊する、黒い塊、という

描写が欲しかったです。

 

恐ろしく、圧倒的な存在になるほど、ゴジラを退治/排除するのは難しくなります。

今回も、あのラストはちょっと納得し難いものはありました。

放射火炎が漏れている描写も分かりにくかった。

ゴジラの背後から火炎が出ているように見えるのです。

 

単に海へ去ってゆくラストにしてもいいのですが、インタビューなどをみると、

そうも行かなかったようです。

(純粋な観客としては制作者サイドの弁護はするべきじゃないと言われるかもしれませんが)

ゴジラが東京に向かう理由は、ゴジラが太平洋戦争の兵士たちの残留思念だから。

要するに皇居に向かっているので、

(私は映画を見ている時に気づきませんでした。劇中ではハッキリ言及されませんし)

この設定では、ゴジラは皇居を壊さずに帰ることはできないのです。

それは日本で公開する映画である以上、ちょっと難しい…。

だったらそんな設定作るな、といわれそうですが、“戦争映画としてのゴジラ”を

作るためには外せず、こんな結果に落とし込んだのでしょう。

 

ゴジラVS立花准将には不満がありましたが、父娘との『ガメラ2』を思わせる

ラストで感動してしまい(ここではヒンシュクを買いそうですが)、

なんとなく「終わりよければ全て良し」の感想になってしまいました。

劇中では伊福部サウンドを使わず、ラストに持ってくる決断も◎です。

 

色々感想はありますが、いきなり超長文もなんですので、また次回に。

私のホームページにも感想をアップしてますのでご覧頂ければ有り難いです。

http://homepage2.nifty.com/st_reguls/

子記事

 

 

 

いらっしゃ~い(三枝師匠・前も使ったなぁ) [No.214]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2001/12/20 (木) 09:26

レグルスさん、いらっしゃいませ。

 

冷静な評論に感謝します。

そうです。

受け止め方は人によってさまざまでも、

いいところも悪いところもあるはず。

 

>夜の都市で逃げまどう人々と共に街を破壊する、黒い塊、という

>描写が欲しかったです。

これは私も同感です。

特に今回のノリなら、焼津や清水のシーンを夜に設定して、

ラストバトルは日中でもよかったのではないかと思いますし、

ゴジラ侵攻のあとが火の海になっていないあたりも、

『ゴジラ』での演出を研究していないなあ、と思っちゃいました。

 

ゴジラが皇居を目指しているのではないか、という説は

多分、裏設定ではそうだったんだろうな、と私も思いました。

「東京に何があるんだ」と言わせておいて、

その件に何の説明もないのはわざとでしょう。

しかし、そうなるとゴジラ残留思念説を認めないと整合しませんし、

以前書いたように、具体的な描写に残留思念であることを

うかがわせるものがなかったのでどうにも整合しません。

それと太平洋戦争で死んだ数多の人々の残留思念がなぜ皇居に向かうべきなのかも

まったくわからないです。

 

レグルスさんのHPの感想も読みに行きますね。

 

 

レグルスさん、始めまして。 [No.218]

投稿者:兄貴(赤)

- 2001/12/20 (木) 12:53

兄貴(赤)と申します。

26歳ですか、お若いですね、私は41歳のオヤジです。

ガメラお好きなのですか?

確かにガメラシリーズも良いところもあるのですが、

どうも私は「金子臭さ」が鼻に付くのです・・・

(ガメラマーチ流れないし)

GMKも同じ匂いがしてねぇ・・・

怪獣映画に怪奇を持ち込むのは、あまり好きになれないです。

GMKの問題点は、そういう部分ではないのですが・・・

その辺は、今後また書いていきます。