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ごもっともです [No.375]

投稿者:ほりぴー・2002/01/21 (月) 21:01

 

 

>今回の作品を含む一連の新作ゴジラが気に入らない方は

>いつまでも古い作品のビデオを見て永遠に懐かしんでれば良いと思います。

 

はい、そうしております。

円谷さんの技術でなく、スピリットを受け継ぐ人が現れることを待ち続けながら。

 

 

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スピリット! [No.376]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/01/22 (火) 10:38

それです。そこです。

映画鑑賞って、心で心を感じることですよね。

精神が違うのに同じものと考えるのはおかしいです。

 

>ほりぴーさん

こちらでは初めまして。

書きこみに感謝いたします。

 

 

 

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そ~ですねぇ~ [No.377]

投稿者:兄貴(赤)

- 2002/01/22 (火) 18:46

ほりぴーさん、いらっしゃいまし。

 

80年代初め、ホームビデオやLDが普及して家庭で東宝特撮映画を鑑賞出来る様になり、

どれほど嬉しかった事か・・・

そして84年、ゴジラ復活!、しかし、なんてつまらない映画だった事か。

当然、自宅に帰ってからLDやビデオテープで、口直ししましたよ。

 

昔の作品は、言われなくても何度も何度も観てます。

でも折角新作ゴジラを作るなら、円谷監督の「志」を受け継いだ作品を作ってほしい。

そういう期待を何度も裏切られ、その度に昔の作品で口直ししてきました。

 

円谷作品を越えるものなど期待はしていませんが、せめて「志」を受け継いだ作品を観たいものですねぇ・・・

 

GMKは一作目の続きの様ないわれ方をしていますが、一作目どころか昭和シリーズのエッセンスすら感じられ ず、

なんの事はない、平成シリーズをベースに監督の思いを詰め込んだだけのモノです。

 

ゴジラ映画を作る場合、円谷作品を「ベース」「元」「出発点」にして考えないと、

どんどん変なモノになっていくと思います。

恐いのは、今後新しい監督がGMKをベースに映画を作る事です。

そうなったら、きっとゴジラはケツからジェット噴射で空飛ぶだろうなぁ~


 

特にLansさんに問いたい [No.378]

投稿者:祝 二十郎 ・2002/01/23 (水) 23:00

 

 

あっちのGMK掲示板に書いて色々な方からたしなめられたのですが(苦笑)、

防衛軍の軍人が「実戦経験の無いことが我々の名誉だった」という台詞を言う

のは違和感無く受け止められるものなんでしょうか?

私にはかなり場違いでトンデモな台詞にしか思えないのですが・・・。

 

どこかの国の軍隊(自分たちと同じ人間)と戦うのではなくて、あの「怪獣撃

退(あるいは退治)」という状況下において語られるの相応しい台詞でもなか

った、とも私は思うのであります。

 

仮に、GMK世界の平和というか軍事的均衡が、実は防衛軍のとんでもなく強

大な軍事力による抑止力によって維持されているのだとしても(GMK世界に

おける日本が世界に比類なき軍事大国であったとしても)、「戦わない軍隊は

素晴らしい」と手放しで誉められるようなものなんでしょうか?

(尤も、そんな強そうな軍隊には見えませんでしたが^^;)

 

「だからそういう軍隊を描いた金子監督は素晴らしい」とか、「反戦のメッセ

ージがそこにある」と言えるのかどうか、私には甚だ疑問なのですが。

 

 

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立花の本音 [No.379]

投稿者:K4

- 2002/01/24 (木) 09:20

なんか拍車をかけてしまったみたいでスミマセン。

あのシーンの台詞は、軍人としてはおかしいのかもしれません。

ただ、あのひとことは部下全員を前に話した台詞ではなくて

あいづ艦長にもらした立花の「本音」だと思うのです。

あいづ艦長も「あなたもそう思われてましたか」と

言ってもいいのかな?って感じでしたし。

村井国夫の書記長がゴジラのことをひた隠して来たことへの

怒り、防衛軍がゴジラを駆逐したからこそ、その後の繁栄に結びついた

とことを(疑問を持ちながらも)部下たちに誇りを持てと教えてきた

ということにつながっての本音なのだと思ってます。

軍人としてではなく、あの言葉はゴジラ襲撃で両親を失った立花個人と

しての本音が見えたシーンということでどうでしょうか?

 

 

 

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私の見解 [No.380]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/01/25 (金) 10:15

Lansさん、お忙しいのでしょうね。

 

祝二十郎さんが提起なさった問題は、いろいろな要素を含んでいると思います。

出来れば、こちらでも祝さんのお考えをもう一度お書きいただけると幸いです。

「あっちのGMK掲示板」は、私も目を通すようにはしていますが、

こちらと連動しているわけではないのでご面倒でも最初からお話しいただければ

と思います。

 

私の感じ方としましては、

祝さんほど分析は出来ておりませんでしたが、極めてわざとらしいセリフと受け止めていました。

軍人の言葉としては違和感ばりばりで、それゆえ、一登場人物の考えではなく、

作り手の考えをストレートに仮託した言葉なのだろうと受け止めました。

(それは、ガメラ2での「怖かったら、逃げろ」(不正確な記憶ですいません)に通じる。

あれも、とても軍人の言葉とは思えなかった)

 

私としては、そのセリフから考えられる世界観や戦争観、設定うんぬんではなく、

映画として、そんなセリフが「活きる」描写があったのかどうかを問題にしたいです。

社会の平和ボケが描けていたのか?

GMKでの怪獣出現が戦争を模したものになっていたのか?

 

映画作品が、「(広い意味での)美」以外のメッセージを持ちうるとしたら

劇中の出来事を通じて観客の心になんらかの観念が自然に涌き出るように演出されていなければなりません。

セリフ(言葉)は、そんな描写を補強する役割でしかないのです。

 

加えて申し上げますと、

怪獣映画における戦争的要素とは、大規模な破壊によって人々の身命財産が失われることと、

そんな破壊に対して戦いを挑む様子を描くことだけです。

そこには実際の戦争がはらむ、国家間の利害対立とか外交交渉、また人間同士が殺しあうことの是非は

含まれません。

(ただし、怪獣出現によって発生する国家間の対立を描くことは可能)

怪獣が象徴しうる戦争の側面は大規模な破壊という要素だけであり、

戦争の社会的側面は別の問題になるのです。

 

若い世代に多く見られる、降りかかる火の粉は払わねば的発想からの戦争肯定論は、

有無をも言わさぬ暴力(怪獣と同質)には武器をもって闘わねばならぬと言っているだけに過ぎないのではない でしょうか。

戦争は、人間同士がやり合うことです。

そこには経済の問題があり、話し合いの余地もあるのです。

 

GMKで、怪獣との戦いがあたかも戦争であるかのようなセリフを(こともあろうに)軍人に吐かせていること は、

あの映画が持つ社会認識の浅さを露呈するものだと思います。

 

 

 

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すいません [No.382]

投稿者:Lans

- 2002/01/25 (金) 11:33

ううっ気が付くのが遅れ申し訳ないでし・・・

でこのセリフ「実戦経験の無いことが我々の名誉でした・・・」ですが・・・

 

基本的には「現在の大多数の自衛隊員の気持ち」を表しています。

世界でも屈指の戦力を持ちながら専守防衛の任を誇りをもって遂行している自衛隊にとって、

自分達が強力な戦力を持ちつつも、それを行使せず平和の為に黙って耐える

(国内の批判や国外の圧力から・・・)

と言う事は彼らの誇りともいうべきものでしょう。

 

そんな彼らにとって「実戦経験がない」と言う事は紛れも無い誇りなのです。

 

実戦経験が無い=任務を果たしている

なのです。よって彼らにとって実戦突入は最期の手段

言い換えれば、本来の任務に失敗した事になりますんで・・・

(特に首都を戦場にしてしまう場合はなおさら)

 

で、だからと言って、それが反戦メッセージかというと・・・?

どっちかつーと自衛隊賛美のセリフですよ。これ

間違いなく・・・

 

 

 

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追加 [No.384]

投稿者:Lans

- 2002/01/25 (金) 11:57

あっちのGMKも読みました。

 

で、祝さんは

「軍隊が戦わないのは政治の為であって、そういう意味であのセリフはおかしい」

との主張なのですね?

 

軍隊が戦わないのは政治のおかげ

 

この意見には大賛成です。

戦争は結局は政治の道具にすぎませんので・・・

 

しかし、最前線の将兵にとっては

自分達の存在が

「存在自体による日本の平和維持」という感じなのであれば

やはり実戦を行なっていないということは彼らの目的が達せられている訳であり

それは自分達が政治の道具であっても、使われない事が平和維持になる

という認識があるのではないでしょうか?

 

少なくとも実戦を行なうという事は

「使わない為にある軍隊を使う時は政治の敗北」なのですから

彼らの存在は「政治をして戦争を未然に防ぐ為の道具」なのです。

 

そうであれば、その状態を戦後維持してきた努力は彼らの実感としての誇りであると考えます。

(まあ、まさかそれが対怪獣で破られ、さらに戦場が首都になろうとは・・・)

(そのあたりのやるせなさがあのセリフに現れてると思います・・・)

 

(ただし、どう考えても反戦ではなく自衛隊賛美にしか聞こえませんが・・・)

 

 

 

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と言う事で・・・ [No.385]

投稿者:Lans

- 2002/01/25 (金) 12:01

私の意見をまとめます。

 

1)あのセリフは現場の本音として「正しい」

2)しかし、意味的には反戦ではなく自衛隊賛美である

 

注)自衛隊賛美については、私自身は悪いとは思いませんが・・・このあたりを気にする方も多いでしょう。さ らに、これを「反戦表明」などと取って間違った方向で捉えることには、ちょっと問題があると思います・・・

かなり微妙な問題ですよ、実はコレ・・・

 

 

 

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反戦の意味は何ですか? [No.386]

投稿者:高原竜

- 2002/01/25 (金) 19:34

管理人様はじめまして。時々掲示板を読ませてもらって勉強させてもらっています。他の掲示板から引き続き気 になっていました。祝さんおよびLansさんにとって反戦の意味はどのように認識されているのですか?失礼な質問でしょうが、皆様の発言を読ませて頂 いて反戦の意味がよく解からなくなってきました。よろしければご指導ください。

 

 

 

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実戦? [No.387]

投稿者:村田 耿介

- 2002/01/26 (土) 00:01

え~どうも、またお邪魔します。

 

 Lansさんの御説明で、「実戦経験の無いことが我々の名誉でした」の台詞に込められた監督の意図は、か なり明確になったのではないでしょうか?

 正直、私はこの台詞を初めて聞いた時にはどうにも解釈できず、「防衛軍は今まで実戦経験がない」というこ とを言いたいのかとすら思っていました(それにしてはタイミングが遅すぎるので、そんな事はありえないのですが……)。

 しかしやはり管理人さんの仰るとおり、「ゴジラ襲来」を「戦争」と捉えるのは、劇中の状況を考えてもそぐ わないものと思います。

 防衛軍が軍事的、政治的に抑止力として存在しているにしても、それでゴジラが襲撃してくる事を抑止出来る とは考えられません。なんの話し合いの余地もない相手であることは明白でしょう。

 ゴジラというキャラクターが孕むテーマ性を抜きにすると、ゴジラ襲来はほぼ突発的、偶発的な「天災」レベ ルの事象であると言えます。

 そうなると、防衛軍の対ゴジラ戦は、実際に甚大な物的人的被害を被ると予測できても、内実としては「災害 救助」に近い行為であり、果たして「実戦」と呼べるのか? ちと疑問です。

 抑止力もなにもあったものではない怪獣の襲来、そしてとそれとの戦闘行為が、「名誉」を失う「実戦」と呼 ぶに値するのでしょうか?

 この疑問を解決するために「太平洋戦争の怨霊」という台詞だけの設定があるのだとしても、やはり理解しが たいところです。

 悪い冗談ですが、あそこで言うべき台詞は、

「初の実戦の相手が、よりによって怪獣かよ……」

なんてのが適当だったかも?

 

 怪獣映画は「戦争」をある一面からしか描けません。しかし例えば一つの視点から、

 

>大規模な破壊によって人々の身命財産が失われることと、そんな破壊に対して戦いを挑む様子を描くこと。

 

を徹底して描く事で、戦争をテーマに据えた映画という意味で「戦争映画」として呼ぶにふさわしいものに仕上 げることは可能だと思っています。

 『GMK』は、やはり防衛軍という組織の存在する架空の世界を描いているがゆえに、もっと世界観を作り込 み、映画の中で表現すべきだった。「自衛隊賛美」はそのうえで行うべきだったと思います。

 

 乱文失礼しました。

 

http://www.ne.jp/asahi/chateaudif/toki0504/

 

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どうもどうも。 [No.390]

投稿者:祝 二十郎

- 2002/01/27 (日) 23:09

色々な意見を書いていただいてありがとうございます。

私もこの件に関しては、富士学校で中隊長をやっている大学の先輩にも聞いて

みたのですが「ワハハ」と一笑されてチョンでした(^_^;)。

 

Lansさんの言われるように、最前線の兵士が「戦わなかったことが名誉」

だと感じるのであれば、それもまた「アリ」かも知れませんね。

 

私の疑問は、あの状況とタイミングで出る台詞なのか、ということと、それを

「反戦のメッセージ」と受け取っていいものかどうか、ということが主なわけ

なんですが。

 

私も村田さん同様、怪獣相手の戦いに「反戦」もへったくれもないと思います。

 

そもそも、ゴジラ=戦争というのは解釈のひとつに過ぎなくて、それも田中、

本多、円谷、香山の各氏が言っているわけでもなく、後年誰かが言い出した事

に過ぎないわけで、そればかりを主張するのもどうかなあ、と。

 

>高原竜さん

>祝さんおよびLansさんにとって反戦の意味はどのように認識されているのですか?

 

うーん、少なくとも、歌ったり踊ったり、金切り声を上げたり、過去の人間を

ありもしない罪で糾弾したりすることではないですね(笑)。

「戦い」というものは常に相手のあることですから、時には自分の力だけでは

どうしようもないこともあります。

しかし、出来るだけ回避する努力をすること、最小限に留めること、の2点は

大切だと思います。

 

 

 

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お返事でし [No.392]

投稿者:Lans

- 2002/01/28 (月) 11:54

>高原竜さん

>祝さんおよびLansさんにとって反戦の意味はどのように認識されているのですか?

 

反戦ですか・・・私にとっては・・・

少なくとも、軍隊、準軍隊そしてそれらを肯定する組織を賛美しない事ですね。

 

で反戦映画としては

えー、まず最低限「戦争の側面」を強調し描けなければならないと思います。

それは抽象化、脚色した物でもかまわないのですが・・・

 

で、それはおいといて・・・

戦争映画の手法としては以下の通り・・・

1)事実を元に脚色し、より深く悲劇を描き出し観客の涙と感性に訴える

(日本では非常に多いです。日本の大抵の反戦映画がこれに値すると思います)

(例:蛍の墓(号泣)、ひめゆりの塔・・・など)

 

2)徹底して事実に即した描写により戦争や軍隊の悲惨な側面を浮き彫りに理性に訴える

(日本ではあまり見られないです。また観客側に理性で鑑賞する事が要求されます)

(特に失敗したり大損害が出た作戦をテーマにしてものが多いです)

(また一見娯楽大作の皮をかぶっている場合もある)

(例:太平洋の嵐、プラトーン、Uボート、スターリングラード、戦争のはらわた・・・など)

 

3)単純な娯楽作品

(バルジ大作戦・マカロニ・コンバット物など)

(大脱走などは結構近いのだが、実は統制された占領下の市民生活描写や脱走者の大半が逮捕射殺されるなど考 えさせられる部分も多い)

 

4)半記録映画

(事実を多少脚色したもの、戦争大作に多い、賛否は置いといて事実を描写)

(結果として2に近いものも非常に多く正確な分類は困難かも・・・)

(史上最大の作戦、遠すぎた橋、トラトラトラ、戦場にかける橋など)

 

5)間接的に戦争、軍隊、兵器を非難

(初代ゴジラ・ウォーゲームなど)

 

という事なんですが・・・

初代ゴジラはあきらかに核兵器を劇中で非難しています。

(またモスラなども・・・)

(世界大戦争に至っては・・・直接的でしょう)

少なくとも、戦争を直接的に描くか、

その組織・兵器・戦争自体の非難を明確にする必要はあるでしょう。

 

ですが、GMKではどうみても戦争自体の描写もなく

(準戦争状態はありますが・・・)

(この場合、戦争とかぶらすには掘り込みが浅すぎます)

兵器・組織への批判も不明確です。

(賛美と取れる発言はありますが・・・)

 

このように中途半端な描写、賛美、批判の両者の混在(しかも不明瞭)

 

これで「反戦映画」と呼ぶのはあまりにも低レベルと思います。

 

または、「あまりにも高度に隠しすぎて観客に伝わりずらい」・・・

もしそうであれば、それは制作側の自己満足に過ぎないと思います。

 

私は今回、只の自己満足に高い評価を与える気にはなれません。

 

 

 

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Re:村田さま [No.393]

投稿者:Lans

- 2002/01/28 (月) 12:16

>村田さま

今回の防衛軍の行動が「実戦に値しない災害活動」ではないか?

とのご意見ですが・・・

 

やはり、砲門を開き、実弾を訓練場以外で命を持つなにものかに発射するという失敗を許されない行為は紛れも なく「実戦」といえると思います。

 

それが、必然的に自らが守るべき都市(守るべき民間・国の財産)を

明確に巻き込む形で行なわれるんですから・・・

(守れなかったとも言う・・・)

 

問題のあのセリフですが・・・

あの時点までに対ゴジラ戦闘は何度か行なわれていますが、

立花准将が直接指揮したものではありません。

 

あの場合は、直接現場で指揮を取るに当っての准将の感想というか、思いというか

そういう感慨も入っての言葉という側面もあるのではないか・・・とも思います。

 

でも、それは自分の誇り=防衛軍としての誇りの存在を意味しており

実質的に防衛軍=自衛隊と普通観客は捕らえますので

 

自衛隊員は誇りを持って任務に当っているんだよ=自衛隊賛美

だと思いますよ。

 

(こうは書いていますが、私は自衛隊の誇りをある程度は認めております。)

(ただ短絡的に解釈してはいけない事として自衛隊賛美=現状の自衛隊賛成とは違います)

(あくまでも自衛隊賛美は現場で頑張っている隊員各位の努力を賛美するのであって、その存在意義とはまた違 います)

(で、私は自衛隊は必要悪と思っております)

 

(無くていいなら、無い方が良い!でも無いとちょい困る)

(これは規模や能力の過不足を含めて考える必要があるのですが・・・)

(正直今の自衛隊は・・・強すぎ・・・と思います)

 

(ここはGMK掲示板・・・2ちゃん軍事板とは違いますので、このへんにしておきます)

 

 

 

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おっと、一番大事なことが抜けてた [No.394]

投稿者:Lans

- 2002/01/28 (月) 12:34

すいません、一番大事な事を後で書こうと思ってて忘れました(爆)

 

反戦で一番大事なこと・・・

 

戦争を起こす、または起きた理由を明確に非難すること

 

これは直接的に非難の言葉や描写がなくても明確な事実描写によって自動的に浮き彫りにされる、というか明確 にする事自体が非難に値する場合があります。

 

まあ、これがなくても反戦映画は成り立ちますし

多数作られていますが・・・

 

個人的には「これを明確にし非難することが最大の反戦」だと思っています。

 

末端の悲劇を描写し観客の涙を流させ

「戦争はいやだ」

と訴え体に覚え込ませる事はいくらでも可能です。

 

しかし、戦争の本質、戦争開始の理由を無視していても

「戦争の忌避」は出来ても「戦争の回避」は出来ません。

 

このあたり日本人は「忌避」すれば「回避」できると勘違いしてるようで・・・

 

忌避も大事です。この忌避は回避の原動力になりますから・・・

でも、忌避が染み込んだ日本・・・そろそろ回避を考えるようになってもいいと思うのですが・・・

(そういった意味で初代ゴジラはまだまだですが・・・芹沢の言動と緒方のやりとりにその萌芽というか可能性 というか・・・ちょっと感じるものがあるのです。さらに末端の悲劇も描いて忌避の植付けも忘れてない・・・そんなあたりが初代ゴジラの反戦映画として 優秀なところだと思います)

 

(今回のGMKは末端の悲劇だけ・・・矢張り中途半端です)

(GMK・・・考察すればする程、中途半端ぶりが浮き彫りにされるなぁ・・・(嘆)

(せっかく個々のカットやシーンだけはいい沢山あるのに・・・)

 

(もったいないでし・・・(ぼそっ)

 

 

 

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ごあいさつ [No.396]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/01/28 (月) 12:49

高原竜さん、はじめまして。

 

ヒドラさんとお呼びしたほうがいいですか?(って、ぜんぜんそういう意味じゃなかったりして)

このところ書きこみの時間が取れなくてごあいさつぐらいしか書けません。

 

高原竜さんの問いかけで、またまた貴重なご意見をたくさんいただけましたので

深く感謝いたします。

またよろしくお願いいたします。

 

 

 

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個人としての国意識 [No.424]

投稿者:スットメ

- 2002/02/11 (月) 22:01

「実戦経験の無いことが我々の名誉だった」

は反戦ではなく実戦を行う前に決して自分たちを決して恥じるなということです。

多くの自衛隊は自信がないでしょう。形だけだったから。

軍人としておかしいという意見もあろいうかと思いますが、あそこにいるのは軍人ではなく、自衛隊に入った個 人なのです。

 

「怖かったら、逃げろ」これも個人としての国防故のセリフです。

1番 自分の命 、2番 国 、3番 個人の欲望 の順でしょう。

 

戦争=ゴジラと捉えるのは村田さんのおっしゃる

 怪獣映画は「戦争」をある一面からしか描けません。

に同意します。

 

しかし、それが社会認識の浅さとは思いません。

 

それはテーマのための映画と映画のためのテーマとの違いであり、

この映画の場合、怪獣映画である以上、テーマはあくまで話の骨格に過ぎないと思います。

 

それがある意味真面目に100%戦争=ゴジラに見たててしまう人にはいい加減に見えるのでしょう。

 

私としては、平和の中で育った非力な自衛隊が国を守るという必死の思いで国を滅ぼす程のの脅威に勝ったとい うカタルシスを味わったので映画として成功だと思います。

それが映画故のご都合主義であっても。


 

本日は [No.381]

投稿者:ghidorah(管理者) ・ 2002/01/25 (金) 11:06

 

 

円谷英二監督のご命日です。

 

ゴジラやウルトラはいまに名を残しているものの、

円谷監督の業績を過去のものとして片付けようとする気配があって、悲しみ半分怒り半分です。

 

ミニチュアを使うことや着ぐるみを使うことが円谷特撮ではないはずです。

円谷特撮映画に濃厚に表れている「スペクタクル」はどこへいってしまったのか。

知らない人もいるでしょうから、ここで書いておきます。

円谷英二という人が、なぜ「監督」なのか。

円谷英二師は、映画の特殊技術部門を担当しただけではないのですよ。

特撮がメインになる作品では企画会議にも出席し、シナリオ打ち合わせにも参加しているのです。

円谷作品での円谷監督の「仕事」が特撮カットのみにあると考えたら大間違いです。

 

その特撮にしても、昨今は技術として使われるだけで、表現になっていない。

「美」が失われている。

月明かりの下、スピップ1号2号が並んで屹立しているカットの美しさ。

上昇した海水面が海岸の線路を洗って行くうねりの不可思議な動き。

長い静寂ののちに一気に崩れ去る丸の内ビル街。

 

そんな無機物にまで情感を与える「美」を見たい。感じたい。

 

円谷監督の時代には技術的に困難で実現できなかったイメージもたくさんあったはず。

そこに思いを馳せて挑戦しようとするクリエーターが現れないのはどうしてなのでしょう。

 

合成画面にブレを作れば、昔の特撮に慣れ親しんで来た人は驚くでしょう。

しかし、そんな表現が美しいのか?

あるいは、それでなにが伝わるのか?

新技術の見本市ではなく、なにを表現するかを問題にして欲しい。

 

特撮が、映画表現の道具であるだけでなく、特撮映像そのものが表現になりうることを示したのが、円谷監督の 偉大さではないでしょうか。

 

いささか論旨が通らない文章であり、かつGMKからは離れてしまっていますが、

今日のところはご勘弁下さい。

 

(あ、『ガス人間第一号』『フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ』DVD発売も本日ですぞ)

 

 

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明日の特撮の為にっ!! [No.383]

投稿者:Lans

- 2002/01/25 (金) 11:37

いまさら多くは語りません。

今はただ・・・感謝と賛辞をこめて黙祷・・・


 

好きなんだけど… [No.388]

投稿者:どんとこい上田 ・ 2002/01/26 (土) 23:30

 

 

初めて投稿いたします。

GMK、私はかなり楽しめました。はっきり言って好きです。

ただ、すべてにおいて大絶賛!ではなく、いくつかの

疑問点は残ります。で、私が一番疑問に思うことを

書いてみます。

それは、何故護国聖獣たちはゴジラを阻止しようとしたのか?

ですね。これかなり物語り上の基本的な疑問だと思います。

「護国聖獣たちが守るのは国家ではなく、くにだ」これは

基本の設定です。が、映画を見る限りどうみても

人間「国家」を守るつもりにしか見えない。

今回のゴジラの設定は戦争で亡くなった人の情念でできていて

戦争を忘れかけている日本人に鉄槌(ちょっと違うかも)を

振り下ろすためにやってきた・だと受け取ってます。

ということは、ゴジラのエモノは人間ですね。

ゴジラがぶっ壊すのは人間の文明ですので、

護国聖獣たちは、何も体をはってゴジラを阻止する必要は

ないじゃない…って思ったんですけど、どんなものでしょう。

周りに怪獣ファンがいないので、ここで言わせていただきました。

あ、もう一度断っておきますが、私はGMK基本的にはファンです。

 

 

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怪獣たち [No.389]

投稿者:山田です

- 2002/01/27 (日) 15:44

・・・ウソです。祝です(^_^;)。

 

上田教授、初めまして。

上田さんの言われている「怪獣たちの存在意義と目的行動」については、私も

大いに疑問をもったクチです。

いっそ、人間そっちのけで怪獣同士が戦いあって、人間は怪獣の足元で右往左

往するばかり、にしたほうが設定上はすっきりしたかも?です。

 

 

 

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はじめまして [No.397]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/01/28 (月) 12:56

どんとこい上田さん、いらっしゃいませ。

 

護国神獣の行動原理がすっきりしないのは、大きな問題ですよね。

いちおう、劇中では謎の老人が人間の精神を怪獣に憑依させようとしているのでは?

と推理していて、そう考えると神獣が人間のために立ちあがるのは説明出来るわけですが、じゃ、「くに」を守 るって一体何?という疑問が湧いてしまいます。

 

私も祝さんがおっしゃるように、

>いっそ、人間そっちのけで怪獣同士が戦いあって、人間は怪獣の足元で右往左

往するばかり、

というのがよかったですね。

ここに怪獣映画の真髄があるんじゃないかと思ってます。

で、怪獣の闘争に対しては傍観者にしかなりえない人間側にどんなドラマを設定して、

ストーリーの最後まで人間がかやの外にならないようにするかというあたりが

脚本の技になるんじゃないでしょうか。

(G3みたいにとにかく怪獣のそばに人間がいればいいってなやり方では、

お話がちっちゃくなっちゃいます)


 

GMK 物足りないとこ [No.391]

投稿者:K4 ・ 2002/01/28 (月) 00:33

 

 

今日、サンダ対ガイラのDVDを買って観てました。

1966年の作品なんですよね。改めまして・・・凄すぎです。

口ではうまく説明できないのですが、映像ってやはりセンスの部分が

大きいのだ、と改めて感じてしまいました。

GMKの映像も素晴らしいとこもあるのだけれども、映像技術が上がった

ということを除くと、果たしてこの1966年のサンガイにも追いついている

のだろうか、と思ってしまいました。

絵(画)というものは、構図は大切です。(カメラ)ポジションを

探してカメラをまわす、カッコいい画を撮る。

でもここまでは、もしかしたら腕のいいカメラマンがいればある水準は

確保できるかもしれない。

でも映画、動いている映像は一枚の写真ではなく次へ次へと

つながってゆかなくてはなりません。

映像を設計する、ストーリーにあわせて組み立てるというのは

これはもうセンスの世界でしょうね。

GMKも優れた画は多かった。ストーリーが受け付けない人には

全て駄目でしょうが、私は個々の人間的な描写は好きです。

でも、特撮部分は映像として計算されてもので、うまく組み立てられて

いるか、というと・・・ちょっと物足りなかったかな、と思います。

でもじゃあオマエがやれ、といわれて出来るものでないのはわかって

いるのですが、ぜいたくな注文ですかね。

 

最近では宮崎駿さん、あとやっぱり樋口真嗣さんくらいかなぁ・・・

NHKの「逃亡」とかみると手塚昌明監督の市川箟監督譲りの光と影、

ロングと寄り、そしてカットの多さというのは個人的には好きです。

 

 

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おお [No.398]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/01/28 (月) 13:03

K4さん、サンダ対ガイラをお買い上げですね。

あたくしもガス人間ともども買っちゃいました。

が、まだガス人間の映像特典しかみていないありさまで・・。

 

えーと、私の感じ方では、樋口さんもまだカットのつながりで流れを作り出してはいないような・・・・。

1カットごとの密度の濃さはすごいんですが、なんかコマーシャルフィルム的な

矢継ぎ早のカットつなぎで断片をつぎつぎと見せる手法のような気がしています。

情報量は多くなるので、見る側は「幻惑」されて気持ちよくなるんですが、

シーン全体として何が起こったのかよくわからないという結果になっているような・・・。(まだまだ分析不足 ではあります)


 

反戦の見解 [No.395]

投稿者:Lans ・ 2002/01/28 (月) 12:43

 

 

No378に私の反戦に対する見解を長々と書きました。

ちょっと長いうえに、そのスレの下部にいってますので

「書きましたよ」とここに表明しておきます。

 

みなさま、特にGhidorhaさま、兄貴しゃん、祝さま、高原さま、村田さま

 

読んでくだされば幸いです。

 

 

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よっこいしょ [No.399]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/01/28 (月) 13:07

これでスレッド順が戻るはず、と。

 

Lansさんの詳しい論考、読ませていただきました。

 

 

 

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ども [No.400]

投稿者:兄貴(赤)

- 2002/01/28 (月) 17:25

Lansしゃん、しっかり読んでますよ。

戦争、自衛隊、軍隊等に関して、私は詳しくないので、

Lansしゃんの意見興味深く読みました。

 

反戦に関しては、私もLansしゃんとほぼ同意見です。

ただ、あくまでも「反戦映画」という事ですよね。

「反戦」となると「枠」が大きすぎて「戦争反対」としか言えなくなっちゃうな。

 

また、今回のGMKにおける「反戦」イメージがどうであったかはさておき、

私は怪獣映画にあまり「戦争」や「核」のイメージを結び付けようとするのは、

怪獣映画としての「幅」を狭くしてしまうと思うので、好きではないです。

それを見事にやってのけたのが「初ゴジラ」であり、あれ以上の作品は作り様がないと思うから、

それ以降は、違う角度からアプローチしていったのだと思います。

 

 

 

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私も読んでおります~。 [No.401]

投稿者:村田 耿介

- 2002/01/28 (月) 23:32

どうもどうもありがとうございます。

 ちょっと私の先の文章でも、「実戦」という言葉の捉え方において、「戦闘」と「戦争」を明確に分類、また は理解しきれていないとこがあったなと反省。

 「戦争」中の「戦闘」でなければ、「実戦」とは呼ばないのではないかと、ちょっと疑問だったのです。

 その点、「戦争」でもなんでもないのに「戦闘」を強いられるGMK世界の防衛軍の人たちは、理不尽な思い を抱かずにいられるのか? そういう疑問を持つと、あの台詞はちょいと浮いて思えましたので。

 

 勉強させていただきました。

 

http://www.ne.jp/asahi/chateaudif/toki0504/

 

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読ませていただきました [No.402]

投稿者:祝 二十郎

- 2002/01/29 (火) 00:48

「戦争の忌避」と「戦争の回避」の下りはたいへん感心致しました。

確かにこのへんがごっちゃになっている事象が色々と多いように思います。

 

で、「反戦映画」ですが、初ゴジやGMKをして「反戦」と括ってしまうのは

あまりにも乱暴なカテゴライズで・・・。

確かに初ゴジには、戦争体験からくるリアリティめいたものはありますが、そ

れでもあの映画は眉間に皺を寄せて観るような映画ではなく、「娯楽大作」と

して仕上られているものとして評価したいです、私は。

 

 

 

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たしかに [No.403]

投稿者:Lans

- 2002/01/29 (火) 11:20

みなさま、私の文章をお読みになってくだされたようで、感謝いたします。

 

祝さん

>初ゴジやGMKをして「反戦」と括ってしまうのは

 

そうですね。

私も両者とも、反戦映画の要素は内包しているものの、明確な反戦映画ではないと思います。

よって訂正(汗)

 

初代ゴジラ=反戦メッセージを内包し、私もはっきりとそれを受け止める事が出来たた映画

 

GMK=反戦メッセージがあるという人もいますが、私にはこの程度で反戦メッセージなどとは思えないし、仮 に制作側にその意思があったというのなら、それは思いあがりと自己満足に過ぎないでしょう。と思った映画(笑)

 

 

 

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ありがとうございました。 [No.404]

投稿者:高原竜

- 2002/01/29 (火) 18:32

祝さん、Lansさん、村田さん、兄貴(赤)さんありがとうございました。失礼な質問に率直に回答いただき 大変勉強になりました。本当にありがとうございました。

管理人様、ご迷惑をお掛けいたしました。シャボテン公園が好きでよく行きます。ヒドラのつもりで名前を付け ました。今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

 

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国防 [No.423]

投稿者:スットメ

- 2002/02/11 (月) 21:28

この映画には反戦はありません。

あるのは個人としての国防です。

 

戦前は国としての国防。(国のために命を犠牲にせよ)

戦後は個人主義(自分の生き方を大事に)

そして、個人としての国防のあり方が今作品です。

(1番 自分の命と絆 2番 国と多くの人々 3番 個人の都合や欲求) 

 

この点では一貫しています。

 

新山も宇崎も個人としての国防に励んだ同士です。


 

音楽 [No.405]

投稿者:ghidorah(管理者) ・ 2002/01/31 (木) 11:49

 

 

なんだか、なんでもかんでも貶している結果になってしまって公平な見方をしていないだろうとのそしりをうけ そうであります。

作品全体を見渡したときに、おもしろくなかった、というのが偽らざるところなもので、逆に、よかったところ はちゃんと誉めないとまずいぞと自分を戒めているのではあります。

しかし・・・。

考えれば考えるほど、どうしてこんな映画になってしまったんだよーーー、と頭を抱えることばかりで・・。

私は私の知識・経験・価値観を基にしてお話しすることしか出来ません。

私の考えが十全だとは思っていません。

ですから私が書いたことに「穴」があればどんどん突っ込んで欲しいというのが前提です。

 

以前、Lansさんがサントラ盤お買い上げの際にある程度触れていらっしゃったこととも重複すると思います が、GMKの音楽について。

 

全体の印象で言うと、「印象が薄い」ということになります。

これは、メロディがはっきりしないことに一因があるでしょう。

音の響きだけで雰囲気作りをしていたように思います。

しかし、それでは映像に従属することしか出来ないのではないでしょうか。

不思議なことが起こっていれば不安な音が鳴り、機械的なものには無感情な音を鳴らす、という程度のことしか やっていなかったように思いました。

 

音楽が先導してドラマを予感させたり、表面的にはつながりのないシーンを音楽が結びつけて流れを作ったり、 ということはなかったように思います。

 

また今作での怪獣たちが従来の怪獣とは違うものであるというのも影響しているのでしょうけど、

怪獣の存在感に「巨大」「猛烈」といったものを音楽側から補強しようとする試みも感じませんでした。

(特にギドラに当てたと思われる曲が、なんともかぼそく弱々しいもので、良く言えば神々しいのかもしれませ んが、護国神獣って荒神さまじゃないの?それなら大魔神のテーマみたいな曲じゃないと成立しないんじゃないの?とがっくり)

全編通して、もっとも荒荒しく作られたのはタイトルバックにかかる曲であったと思われますが、

これは、怪獣も人間も一まとめにした「闘争」のテーマというような使われ方だったと思います。

それにしても、リズムに勢いがなく、メロディにも高揚感がないので大して興奮出来ませんでした。

 

そして、一番拍子抜けしたのは、防衛軍が映ると聞こえてきた曲です。

なんであそこまで無感情な音楽なのでしょう。

掴みにくいリズム、持続しないメロディ。

音楽側から、これはどうでもいいシーンですよ、と訴えているようでした。

今作の防衛軍は、そんなどうでもいい存在だったのでしょうか。

 

音楽は、直接感情に訴えるものだと思うので、このように「言葉」で語るのは難しいことですし、私自身が音楽 理論については無知でありますから、

自分が感じたことすら的確に書けずにいるのがもどかしいです。

 

GMKの音楽、良かったでも悪かったでも、たくさんのご意見を求む!

映画における音楽って重要ですよ。

 

 

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良くも悪くも「大谷節」 [No.406]

投稿者:祝 二十郎

- 2002/01/31 (木) 23:08

・・・の前に、宇宙船最新号に掲載された、ghidorahさんのGMK所感読み

ました(^^)。

今回は厳しい意見ばかりが採用されていたので、次号は賛同派の意見を掲載して欲し

いところです。

 

私も珍しくサントラを買ったので車で移動中などに聞き込んだのですが、メロディー

ラインはまさにタイトルどおり「良くも悪くも大谷節」でしたね。

「ガメラ劇伴音楽との差別化を図った」とライナーノーツにありましたが、元々が特徴

のある大谷節なので、その試みが成功しているか否かは「?」です。

でもガメラ音楽と似た印象がある、となってもそれはまったく悪いことではないです、

念のため。

 

ただ、私もGMK初見のときは、殆ど音楽が印象に残りませんでした。

ガメラでは結構、耳に残る印象的なフレーズもあったのですが・・・。

 

http://www.godzillamovies.org

 

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おそるおそる書く [No.408]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/02/01 (金) 18:16

あ、採用されてましたか、私の投稿。>宇宙船

 

初見の直後に書いたものでもあり、短くまとめようとしたらあんな感じになってしまいました。

その後いろいろ考えてきたのはこの掲示板に残っている通りなのですが、

やはりドラマの組み立てがどうとか、映像の組み立てがどうとかより、

一番問題なのは、「すでに存在している」怪獣たちをストーリーの都合に合わせて

変容させてしまったことだと思っています。

本来ならそこを焦点とした議論が戦わされるべきなのですが、

それ以前に劇映画としてどうなのよ、という問題をクリアしないといけない代物だったことが

幸か不幸か・・・・。

 

音楽のことに話を戻しますね。

ひょっとすると大谷さんの曲が私の生理に合わないのかも、と思うところもあるんです。

平成ガメラでの音楽もどうも「ツボ」にはまってくれなかったというか・・。

そんな好き嫌いを別にしても、怪獣映画音楽へのアプローチとしてどうなのかな、

と疑問に思うところが多いのです。

確か、大谷さんはガメラ映画に曲をつけるに当たって、ライトモティーフ技法は

使わないようにした、とおっしゃっていたと思います。

これは、特定のキャラクター(怪獣)に特定のメロディを当てはめない、というやり方です。

伊福部先生も通常の映画音楽製作においては、ライトモティーフを使わない主義でいらっしゃる

のですが、怪獣(特撮)映画ではその姿勢を変えざるをえなかったとおっしゃっています。

 

現実には存在しない生物やメカに「存在感」を与えるためには

音楽も映像に協力して「キャラクター性」を明確にする→事物とメロディを結びつける必要が

あったからだと理解しています。

また、通常の映画では登場人物の心理が中心になるために

感情をコントロールする役割のある音楽は、どうしても人物の心理状態をフォローすることになり、

音楽の自立性が低くなってしまう。

しかし、特撮映画では見せ場が天変地異だったり兵器の戦闘だったり、もちろん怪獣の闘争であったり

するので、音楽が先導して感情を作ることが出来る→通常より純音楽に近づくことが出来る。

特撮映画での音楽には上記のような特殊性があるのではないかと思っています。

 

伊福部先生による特撮映画の音楽を、特撮が中心になったシーンと、人物の芝居のみのシーンで比べてみると

その手法の違いが感じられるのではないでしょうか。

 

で、GMKの音楽を考えますと、

今回は大谷さんもライトモティーフ技法を使っていたように思われます。

防衛軍が出てくると必ず聞こえる曲がありますし、モスラとギドラにはそれぞれ決まったメロディを

当てていたような気がします。

うーん、しかし、GMKゴジラとバラゴンに直結したメロディには全く覚えがないのです。

それが怪獣の印象を薄くさせている原因ではないかと思いますし、

もうひとつ、大谷さんの音楽に共通するのは乱暴なほど荒荒しい旋律や音を使ってくれないことでしょうか。

うまく言えませんが、叩きつけるような、濁った音まで取り入れるような、勢いが欲しかったです。

怪獣の表象って、暴れてなんぼのもんじゃないかと思ってますので、音楽も暴れて欲しいのです。


 

GMKの検証  余談 [No.407]

投稿者:K4 ・ 2002/02/01 (金) 17:55

 

 

2月28日木曜日にロフトプラスワンで

「怪獣魂~フィルムのみから 読み解く怪獣映画~」

最新怪獣映画を題材に怪獣映画の肝を探る

【出演】木原浩勝、他

があるようです。

行きたいような行きたくないような・・・・

 

 

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どんな感じになるんでしょうね [No.409]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/02/01 (金) 18:20

木原さん、またやるんですね。

最新怪獣映画って、まさかヤンガリーじゃないでしょうからやっぱりGの字なんでしょうね。


 

一言! [No.410]

投稿者:八尾猛史 ・ 2002/02/03 (日) 10:37

 

 

始めまして 今回のGMKの散々たる様は多分に東宝サイドの勘違いに因るものだと思う 金子氏に任せるのならやはり当初氏が予定していた バラン・バラゴン~で行くべきではなかったか? ガメラシリーズの勢いがまったく感じられなかったし はっきり言って宇崎竜童はミスキャストやし ちょっと2~3年ゴジラは休んだらどうでしょう? それとやっぱり脚本だ! 日本兵の残留思念?なんじゃそら? それからキングギドラ! なんでゴジラよりちっちゃいねん!アイツはいじったらあかんキャラとちゃうの? まぁバラゴンとゴジラの下りは良かったと思うし やっぱり脚本でっせ! 東宝サイド(特に富山氏)の猛

 

 

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はじめまして [No.411]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/02/04 (月) 13:08

八尾猛史さん、いらっしゃいませ。

 

脚本が問題であるというご意見にはまったくその通りだと思います。

そしてそれは、登場怪獣が当初の予定通りだったとしても変わらぬ問題だったのではないかと思います。

 

登場怪獣を変えられたことが、最初に考えていたバトル演出を使えなくしたというのはおかしいです。

モスラにせよギドラにせよ、オリジナルとは別ものに仕立てられていたのですから、風でも氷でも使うがよろし いでしょう。

特に、風を使うならバランよりモスラのほうが適任でしょう。

(バランは羽ばたきません)

そして、ギドラが冷凍光線を吐けば済むことですよ。(そんなの見たくないですけどね)

 

なんでもかんでも怪獣を変更されたからだ、と言い張られても、リンダ、困っちゃーう。

(まー、モスラ・キングギドラはビッグネームだからそんなに大きくいじれなかったのだ、という言い訳はある わけですが、そんならびた一文いじってくれるな、と言いたいです。

バラゴン、バラン、アンギラスだって怪獣界ではビッグネームだしぃ。

とにかく、既存の怪獣を使うなら、その怪獣の特性を生かした物語を作らなきゃダメダメですよ。まー、ゴジラ をいじっちゃうことがまかり通るのでは・・・)


 

未来に向けて [No.412]

投稿者:ghidorah(管理者)・ 2002/02/09 (土) 14:50

 

 

GMKに関しては、語りつくされたでしょうか。

 

出来れば、GMKを良かったと感じた方ともっと意見を闘わせたかったです。

私は良くなかったと感じておりますので、納得出来ないご意見には反論してしまうわけですが、ゴジラ映画をよ りよいものにしていくためにどうすればいいか、という命題の前では意見をぶつけ合う努力を惜しむべきではないと考えています。

自分の価値観を曲げる必要はありませんが、「自分の勝手だ」と言い放つ前に、

そんな自分の価値観を充分説明する努力をすべきでは?

映画にストーリーなどいらない、という観点に立てば、ひょっとしたらGMKも優れた作品なのかもしれませ ん。

そうであれば、映画にストーリーが必要なのかどうかという議論をはじめることが出来ます。

また、確立されたキャラクターを別物に変えても構わぬというなら、その根拠を示して欲しいです。

 

残念なのは、これまでのところ、GMKを傑作だとおっしゃる方からそのおもしろさを明解に説明するようなご 発言がなかったことです。

丹木たぬきさんのNo.335のご投稿にヒントが見えたのではありますが・・・。

 

東宝は、今年もゴジラ映画を製作すると発表したそうですね。

ファンによってゴジラ観にブレがあるのは仕方ないことですが、それは同じゴジラを見ても受け止め方が違うと いうことであって、

ゴジラがどんなに変容しても構わないということとは別のことです。

今のように、ゴジラの可能性という「お題目」のもとにころころ中身が変わることを容認する雰囲気のままで新 作を作ることには大きな不安を感じます。

ゴジラというキャラクターの可能性とは、

「ゴジラが変わる」ことではなくて「変わらぬゴジラ」を基にしてバリエーション豊かなストーリーと映像を作 り出せることではありませんか?

 

これは、最近あった実話です。

近所の奥さんから、「ゴジラの身長ってどれぐらいなんですか」と訊ねられました。

そこで私は、最初が50メートルで、その後80メートルになり100メートルになり、55メートルになっ て、最新作では何メートルなのか知らないです、と答えたわけですが、

その奥さんは「はぁ?いろいろあるんですか?」と不審な様子でした。

これがあたりまえの反応でしょう。

ゴジラにいろいろあるとは、どういうことか。

初代と2代目が別なのは仕方ないとしても、ゴジラという名前の怪獣で毎回関連性のないパラレルワールドを作 りつづけていってどうなるのですか。

それなら怪獣はなんでもかんでも、ゴジラという名前にすればいいでしょう。

太平洋から現れたゴジラと、シベリアから現れたゴジラが大阪で激突。

今度のゴジラは阿蘇火口から飛翔してジェット機と渡り合う。

なんとミステリアンが差し向けたのは、鋼鉄製のゴジラだった!

小美人を救うため、島の守り神ゴジラが東京を襲う。ゴジラはさなぎから羽化して外国まで飛んで行く。

 

さあ、どうですか。

いろんなゴジラが見られてゴジラファンはうれしい限り、なのですか?

 

 

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補足 [No.413]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/02/09 (土) 15:07

>毎回関連性のないパラレルワールドを作りつづけていってどうなるのですか。

上記のように書きましたが、

決してがちがちに一続きの物語にせよ、と思っているわけではありません。

それをやってしまうと、平成vsのようにシリーズが進むごとに現実社会から遊離した世界に発展せざるを得ま せん。

(ゴジラの生態解明や対ゴジラ組織の結成などを取り入れざるを得なくなる)

それでは、怪獣映画の魅力のひとつである、社会シミュレーションが阻害されてしまいます。

 

やはり、本多・円谷時代のようなゆるやかな連続性が理想だと思っています。

 

また、2000ミレニアムで始まった新シリーズでは毎回世界観を変えるということを表明していたと思います が、

ゴジラが出現する世界の世界観を変えることと、ゴジラそのものを変えるということは別のことではないでしょ うか。

 

 

 

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ゴジラとは? [No.414]

投稿者:K4

- 2002/02/10 (日) 14:56

私は色々なゴジラを観られて楽しんでます。

 

ここでおっしゃっている「ゴジラ」守らねばならない属性というのは

「本多-円谷両監督が作られた昭和ゴジラ」というものですよね?

84を引き継いだビオランテ以降の平成シリーズとミレニアム、メガギラス

GMKはすべて第一作目の続編であり言わば第2話ですから、

昭和ゴジラの世界観とは全く違うゴジラだと言えるでしょう。

GMKに限らず、84以降のゴジラは全て駄目だよ、っておっしゃっている

のですよね?

ほりぴーさんが常々おっしゃってる、本多・円谷さんの作り上げた

の精神を引き継ぐような作品を待っている、という意見は賛同します。

でも、それらを感じられないから、全く駄目、とは私には言えないのです。

平成シリーズや、ミレニアム以降の三作はこれはこれでありだと

思ってます。人それぞれ思い入れのある作品がある数だけ

ゴジラ像の数もあると思うからです。

それだけゴジラというキャラクターは50年の歳月で広がりすぎてしまった

のですね。

多くの人に愛されるシリーズになったのは、いろいろな「ゴジラ」を

好きな人に支えられているからだと思うのです。

これだけのキャラクターを作り上げた先人に敬意を表すべきだ、これも当然。

ただ、守られるべき属性、この範囲が人によって微妙に異なっているのが

意見の食い違いにつながるのだと思ってます。

 

 

 

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同じことを繰り返し書いていることになりますが [No.416]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/02/11 (月) 14:38

>K4さん

ゴジラの属性に関する私の言い分を整理すると、

 

*目指すべきは、オリジナルと同一のものである。

(本物が現実には存在しないものであるから、そのオリジンを守らなければ、

ただひたすら別のものを作り出して行くことになる)

 

*オリジナルの創造者が製作に参加することは不可能なので、残された作品から

属性を推理しなければならない。

(担当する作り手によって、捉え方のブレが生じるのは許容しなければならない)

 

というのが、最低ラインです。

発想の段階で、これまでのゴジラとは違ったものにしよう、というのでは、

ゴジラではないものを作ろうと言っているに等しいというのはおわかりいただけるのではないでしょうか。

(『GODZILLA』に登場したのはゴジラではないでしょう?)

また、外見だけが共通ならゴジラとして認めるというのでは、中身を無視した感じ方となります。

 

具体論で平成vsのゴジラを取り上げると、

劇中のゴジラ描写は、作り手によるブレの範疇かもしれないと思っています。

元祖ゴジラが「怒りっぱなし」だったらあんな風かもしれないと思えます。

(付け加えると、vsビオランテ、vsキングギドラでのゴジラはあまり感情を出さず、

それこそ観客の感情移入を拒んでいるようにも見える)

しかし、平成vsではゴジラがゴジラザウルスなる恐竜の変異体であるという設定を持ちこんでしまったため に、

決定的に元祖ゴジラとは別物になってしまいました。

(大森監督が、ゴジラに携わった初期において、本多・円谷時代のゴジラ映画を

「こんなことをやっているから、あかんのや」と思っていたとはご本人の発言です。

つまり、ハナから本多・円谷時代とは違うことをやろうとしたのです。

しかし、その後、「昔の作品はすごかった。こうしかやりようがないのだ」という認識に到達なさったともおっ しゃっているので、

少なくとも大森監督は原点を大事にする方向へ転換したのでしょう)

 

私自身、平成vsシリーズも楽しみましたよ。

ほかに見るべき怪獣映画がなかったですから。

多くの方が絶賛する平成ガメラは、脚本の構成や特撮カットの濃度が高くてまあまあ出来のいい映画だとは思い ましたが、

その表現し得た内容が、あまりにも私が求める怪獣映画からかけ離れていたので、おもしろくありませんでし た。

 

ということで、楽しめたからそれでよし、では困るんですよ。

平成vsシリーズは、伊福部音楽とあいまって、私はかなり楽しみました。

vsキングギドラの「力押し」もvsモスラの(構成は拙いが)「豪華さ」も、楽しみました。

そしてvsメカゴジラは平成vsのひとつの到達点だと思っています。

しかし。

私は、あのゴジラを正統なゴジラとは認めません。

嫌いなのではないです。

あんなキャラクター性の怪獣がいてもいいと思っています。

好き嫌いではなく、ゴジラと名乗っちゃいかんのです。

「海棲爬虫類から陸上獣類に進化する過程に、まれに存在した中間型の生物」ではない生物をゴジラとは言えな いのです。

設定を変えちゃだめでしょうに。

 

せめて劇中で、1954年に現れたゴジラとは別種の生き物だが、見た目がゴジラそっくりだという説明でもつ けてくれれば、

便宜的に同じ名前になってしまった存在として差別化できるのに・・・。

(GODZILLAはそれに近いのか)

 

 

 

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繰り返しになって申し訳ないのですが [No.419]

投稿者:K4

- 2002/02/11 (月) 18:32

>*目指すべきは、オリジナルと同一のものである。

 

この「オリジナル」というのは昭和の「シリーズ」である。つまり

逆襲、キンゴジ、モスゴジ、3大怪獣、大戦争・・・と繰り広げられてゆく中で

確立したゴジラを「オリジナル」としているのですよね、と申し上げているのです。

そこでいい悪いはひとまず置いておいて「第一作目のゴジラ」だけを

前提に作者(GMKなら金子修介)のゴジラ像を創りだしたものとしては

ありだと思うのです。

 

むしろ、金子氏的な怪獣映画のアプローチ(ガメラ2以降?)

はいかがなものか?ということではないかと思ってるのですが・・・


 

不整合性 [No.415]

投稿者:スットメ ・ 2002/02/10 (日) 21:50

 

 

はじめまして。

スットメと申します。

これはゴジラらしくないとかイイとか怪獣はこうあるべきとかは個人差が多いため、ストーリーだけに絞った議 論をしていきたいと思います。

好きとか嫌いとかも一つの意見ですが、なかなか噛み合わないので、

話の骨格や筋はコレだ、ここが話の展開として上手い、下手とか話の作成とか描写とかの技巧に着目した意見に 集約したいと思います。

他の作品との比較も避けたいところです。

 

結論を述べるとうまくまとまっているなという印象です。

 

宇宙船の投稿を拝見致しました。

私が見た限りでは不整合性は感じませんでした。

 

今回のゴジラは戦争のメタファーだからです。

 

バラゴンの目撃者は戦前の人でしょう。

その対比として暴走する若者がいます。

自衛隊の大半も戦争未経験。

 

実務経験に乏しい形だけの自衛隊。

 

それが国防の危機を迎え、そのもやもやにケリをつけるのが大方の筋です。

 

背景に北朝鮮とかで国防に関する議論がなされていることがありでしょう。

それ自体の議論(正しいとか危険とか)はここでは避けたいと思います。話が脱線するからです。

 

国の危機に対し、個人は何をできるか。

 

国を守る怪獣はその義務を果たすだけですが、そうでない人は、

怪獣をかわいいと見学したり、ジャーナリストとしての責務を真っ当したりと様々です。

 

国を守るのに死ぬかも知れないことをやるのに死なないで国を守る男の物語なのです。

 

 

子記事 5 10 15 20 25 50 100 無制限

 

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お手数ですが [No.417]

投稿者:ghidorah(管理者)

- 2002/02/11 (月) 14:58

スットメさん、初めまして。

そして、いらっしゃいませ。

 

GMKのさまざまな不整合に関しては、過去ログをさかのぼって読んでみてください。

なにぶん長文が多い掲示板なもので、関連ログを見つけるのは骨が折れると思いますが、

おおむね11月の国際映画祭直後あたりのログを中心に読んでいただけると、

私やほかの方が気がついた不整合について詳しく書いてあると思います。

それと12月の封切り後にも新たな感想が集まっていると思います。

 

戦争うんぬんについては、もっと最近のログに関連発言があります。

No.378の祝二十郎さんのスレッドを中心にお読みください。

 

で、すいません。

ちょっと突っ込み入れちゃいます。

>バラゴンの目撃者は戦前の人でしょう。

という解釈はおかしいんじゃないでしょうか。

ここでおっしゃる戦争というのは、太平洋戦争のことですよね。

そりゃ、劇中あの目撃者の年齢を明らかにはしないわけですが、

どうみても終戦の時にはぎりぎり生まれていたかどうか、という程度の年齢の方に見えましたが・・・。

(戦時のことなど知る由もない世代ですよ)

 

 

 

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体験者 [No.421]

投稿者:スットメ

- 2002/02/11 (月) 21:19

>>バラゴンの目撃者は戦前の人でしょう。

>という解釈はおかしいんじゃないでしょうか。

>ここでおっしゃる戦争というのは、太平洋戦争のことですよね。

 

失礼。表現が足りませんでした。

メタファーとしての戦争です。

つまりゴジラです。

 

ゴジラ被災体験者ということです。

 

戦争体験者とそうでない人とでは当然認識は違います。

同じくゴジラ体験者と若者とは違います。

 

だから、ゴジラを意識する人と意識しない人にわかれるのは当たり前で、不整合ではありません。


 

宇宙船のおたより読みました [No.418]

投稿者:灯火人 ・ 2002/02/11 (月) 18:04

 

 

んで、来てみたらスゴイ量のやりとり。落として読み始めましたが、多くの人がこれを全て読み込むのは大変だ と思います。GHIDORAHさんの方である程度まとめることができませんか。

さて、あんなことになってしまったのは、最初のコンセプトに問題があって、その間違ったコンセプトを打ち出 したのは、富山プロデューサーだと思います。当掲示板では金子監督とか、実名が出てきているようですので、いいですよね、書いても。

平成ゴジラの様々な資料本(MOOK)が出ると複数種買い込んで読むうちに、このプロデューサーがいいだ しっぺなのではないか、と思うようになりました。

VSシリーズを好きな人がいるとは思いますが、私はデストロイヤまで映画館に足を運び、自分が観たかったゴ ジラと違うことを確認しました。葬式まで出たのにも係わらず、ミレニアムゴジラなるものを作る、とぶち上げちゃったら、死んだハズの力石(あ、年齢層 がバレる)が生きてたと同じような、シラけた気分になったものです。

それをよしとしたのは、富山プロデューサーです。本人がそうインタビューで言っている。掲示板に書いてあっ たように、こんなことしてたらマズいということを言い続けて行かなくてはいけない、と思います。

しかし、弱気になります。実権を握っているのは、プロデューサーだし…。

それから、ghidorahさんがもし、ゴジラの新作を考えるなら、どんな話にしたいのか、スゴく興味があ ります。条件としては、富山プロデューサーがいなくて(^_^;)、興行収入をある程度、制作費を上回る内容のもの、として。

どうでしょう?

こういう例えは、どうかと思いますが、ノストラダムスの大予言なんてのがありまして、あの1999の7の月 の予言は、実は同時多発テロのことだった、なんて言い出す執筆家がいますよね。起きた事件・事故に対して、いろんなことは言えますが、その前に予言で ある意味を踏まえて、テロの前にそういうことを言うべきですよね?

ですんで、私は予言します(=.=)

手塚監督新作は、興行収入がGMKより落ちる。(萌え萌えの人達は、これを観てきっと行くことになるでしょ う。)

話がヘンな話になりましたが、受け手である私も含めて、どんな新作ならば、ghidorahさんは絶賛する のでしょうか。

ゆるやかな連続性というのは、ちょっと抽象的でわかりづらいので、具体的に教えて下さい。

長くなったので、今日はこの辺で。膨大な内容を読み込んでみたいと思います。

 

 

子記事 5 10 15 20 25 50 100 無制限

 

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ミレニアム以降 [No.422]

投稿者:K4

- 2002/02/11 (月) 21:26

灯火人さん、はじめまして。

 

>最初のコンセプトに問題があって

さて、色々なゴジラが見ることが出来て嬉しい、とは書いたものの

ミレニアム以降の3作(それぞれの世界観が別)ということが

観客の混乱を招いた、というのは事実かもしれませんね。

 

昨日、東京のロフトプラスワンで行われた川北紘一さんのトークイベントに

行ってまいりましたが、その中であまり多くのゴジラ像を描き出すことで

観客の方が混乱していることが心配。あまり一つの世界観で描いて

世界をしぼりすぎても拙いが、これがゴジラだっていう一本の筋を

しっかり描いたほうがいいかな、とおっしゃってました。

 

「GMKの評価」以前に、その辺の混乱、統一性のなさが

際立ってタイミングが悪かった、というのはあるかもしれないですね。

少なくともミレニアム公開前に富山さんは3作は小変更はあれ、

ミレゴジ造型でいきたいとおっしゃってましたし。造型だけでも

統一感があれば違った印象になっていたかもしれません。

今回の3作は、はじめの2作の興行的な伸び悩みという要因が

マイナスに作用してしまった(ギドラ、モスラの起用含め)のは

確かだと思います。

 

ちなみに川北さんは東宝特撮の可能性はゴジラだけではつらい、という

ことや、今回のギドラの造型について品田冬樹さんに文句をつけられたり

とか、あぁ重役になっても真剣に東宝特撮のこと考えていらっしゃるな

と思いました。

富山さんや川北さんは、東宝の中ではゴジラや東宝特撮のことを

いろいろ考えられているとは思います。

興行的にGOサインを出す、もっと上の方が、「ゴジラ」や東宝特撮について

もう一歩踏み込んで考えてくれればなぁ・・・と思いました・・・。


 

果てしない… [No.425]

投稿者:灯火人 ・ 2002/02/11 (月) 22:04

 

 

今日は一日、ずうっと読んでます。なかなか終わらないです。

戦争等の下りは、社会科のテキストに使えるのでは?と思うほど、いろんなことを考えさせられました。あ、私 はゲームの仕事をしていた者です。

ゲーム業界では、権力者のいうことが絶対です。背けば干されます。ヒドいでしょ? 映像業界にもあるんじゃ ないですか? 作りづらいです。制作体制には問題あると思いますよ。

あと、川北監督って、円谷さんの弟子とかよく書かれているけど、そんな良さが全く感じられないです。あの 人、取締役かナンかなんですか。あ、じゃあ、こういうことになっちゃうのかも。

エライ人も今後のことを考えていると思います。でも、それはお金の心配が先かも知れません。だって、今回で 最後にするとかって言ってましたよね。新作を作るって、どの口が言うのかな? それでミレゴジみたいな背ビレだったら、ゴジラを卒業させていただきま す。往年の、楽しかったヤツを観ることで、世捨て人とか言われても、私はそれでもいいや。子供達のものなんですもんね、ゴジラは。(あ、つい感情的 に…。Ghidoraさんは、感情的にならないですよね、冷静ですよね、書いてあるのを見ると。)

まだまだ、今日は起きれる限り、掲示板を読んでいこうと思います。また、立ち寄ります。


 

根本 [No.430]

投稿者:スットメ ・ 2002/02/11 (月) 23:58

 

 

ghidorahさんのゴジラに対する思い入れは評価しますが、

 

「ゴジラと名付けられた怪獣が登場すればそれでゴジラ映画になる、という考えは、いささか単純すぎるのでは ないかと思いますが、いかがでしょうか」

 

といった記述から察するに単に今回のゴジラのスタンスが個人的に気に入らなかったことが否定的要素のような 気がします。

 

人類に倒されるのは、話の筋として当然です。

 

繰り返しレスしているように

 

脅威の薄れた平和日本に住む非力な自衛隊とその周辺の人々が知恵と勇気でゴジラを倒してしまう話だからで す。

 

故に聖獣は単なる助っ人です。話としては一匹で十分です。

それをサービスとして三匹もだすから、変な講釈が出てきて、それに関してはご都合主義といってもいいでしょ う。

それを許すのは甘いかもしれませんが、娯楽映画の範囲内として受け止めています。


 

5分の1まで読みました [No.431]

投稿者:灯火人・ 2002/02/12 (火) 02:31

 

 

のですが、今日は寝ることにします。

ざっと読んで、GMKへの不満には実は幅があることがわかりました。

それと、私が映画を観た時に、ん?と思った部分を、1回観ただけでよくこれほどまでに分析等できるなあ、と 感心しました。それで…

?各怪獣のデザイン・設定が不満

?シナリオ自体の不満

?制作体制・人選等、マンパワーの不満

?上記を監督した責任者への不満

が述べられているようですね5分の1段階で読んでみて。

?について

 キングギドラは、みんな嫌い。制作者側が読んだ場合は、猛省するべき。

 他怪獣に関しても、みんなは相当嫌いのよう。

 私はバラゴンの挙動とか、好き。

?護国聖獣等、今までのゴジラ他の怪獣設定を全然違うものにしたことでの、

 罪悪感を制作者はもってほしい。手塚監督、くれぐれも頼みますよ(T_T)

 私は、そういう八百万の荒神様が、怪獣として現れるのはいいと思う。

 だけど、それはゴジラ他、従来の怪獣を持ち出す必要は無く、新怪獣でいい。

?俳優も含めて、とにかくみんな不満を持っている様子。

 私は、カメオだかナンだかしらねえが、

 平成ゴジラからのサービス出演なるものは、全然サービスになっていない。

 武田鉄也を肝に命じて、手塚監督、次回、やらんでくれな。

?監督、金子はオカしいという不満が蔓延。

 私は、金子監督は力のある人だと思う。

 金子監督のHPを制作中に読む機会があったが、とにかく機嫌が悪い。

 ああ、これは相当やりたいことがやれていないのだな、と妙な納得をした。

 でも、樋口~庵野が、ホ●くさい仲に見えた私には、

 金子監督もヤラれた気がしている。エヴァが嫌いな私には、

 終わり方がヘンなのってチョームカ!であります。

すみません、感覚的なコメントで。

上映が終了したようなので、DVDでカメラ構図を再確認して、手塚ゴジラをやる前から、卒業・休学をここに 宣言します。って言っても、だから何?なんでしょうが。背ビレをあんなにしたミレゴジなる辺りで気づくべきだった。富山プロデューサーは、辞職願いを 出していただきたい。大スターゴジラに泥を塗ったんです。

いや、平成vsシリーズも、金払って、すんげー後悔している私です。


 

満員御礼 [No.432]

投稿者:ghidorah(管理者) ・ 2002/02/12 (火) 14:24

 

 

この掲示板は、レスがつくとそのスレッドがトップに持ちあがってくるシステムなのです。

夕べのうちにたくさんの書きこみがあり(ありがとうございます)、古いスレッドが

浮上していて、以前から読みつづけている方にとってはいささかわかりにくいレイアウト(?)

になってしまいましたので、今回は個々のスレッドにはレスをつけずにここにまとめて書きます。

(スレッドの順番も変わっているので、レスがついているにもかかわらず次ページへ押し出されている

ものもありますので、新規書きこみを確認なさっている方はご注意下さい)

 

>灯火人さん

ようこそいらっしゃいました。

 

書きこまれた内容を要約するのもなかなか難しいことで、要約するということは

私の判断で重要な発言とそうでない発言を選別することになり、

どうしても私の主観が入ってしまうのでこれまで発言なさった方々のご意見を完全に公平に

抽出する自信がなかったりします。

なにかいいまとめ方はないものかとは思案しているんですが・・・・。

 

特定の個人の実名を出したって構わないと思いますよ。

内容のない罵詈雑言を浴びせるのでなければ、批判もありでしょう。

 

GMKのコンセプトはやはり金子監督のものだったのではないかと思いますよ。

「ゴジラが武器では倒せないことを説明する」

「ゴジラを戦死者の魂にする」

とは、金子監督ご自身がGMKの製作にはいるとき表明なさっていましたから。

もし、富山プロデューサーがコントロールしていたなら、

ゴジラのデザイン変更(ミレニアム、G×Mとは別のデザインに変わりましたね)は

なかったのではないかと思いますし、ミレニアムに始まる新シリーズがストーリーが

続いていないこともさることながら、一作ごとに雰囲気がまるで違うのは、

それぞれの監督に結構自由にやらせているからではないかと推測しています。

 

ただ、これは灯火人さんだけでなく、ほかの方にもお願いしたいことですが、

映画作品においてそれぞれのスタッフが実際にはどの部分に責任を負っているのか、

とくに設定やデザインのような「捉えやすいもの」はあちこちから物言いがつく可能性が

高いので責任の所在は現場にいた人間にしかわからないのではないかと思います。

よほど確信がある場合でないと個人を名指しで批判したり、誉めたりするのは危険です。

(実際、某映画感想サイトで、GMKがシネスコサイズだったことを誉めて、

さすが金子監督、こだわりが違う、みたいなことを書いている人がいましたが、

ミレニアム以降はシネスコサイズだっつーの。金子さんのこだわりじゃないの!)

 

私が望む新作ゴジラ映画について。

東宝からリリースする正統な新作ということであれば、

やはりこれまでの流れを踏まえていなければなりません。

これ、相当苦しいですよ。

84からデストロイア、そしてミレニアム、G×M、GMKまでもすべて踏まえるとなると

かなり辛いですが、幸か不幸か最近作は世界観リセットという便利な前提を作ってくれているので、

84以降を全部リセットですね。

で、ゆるやかな連続性にも絡むのですが、

ゴジラおよびその他の怪獣たちの関係性は守りながら(誰と誰が闘ったことがあるか、その勝ち負けは

どうだったかは歴史的事実として残す)

人間社会のあり方は、過去のゴジラ映画を引きずらず現代社会と地続きのものにする。

(ただし、自衛隊が怪獣と対戦したことがあるのはもちろんです)

しかし同時に上記のような前提をくどくど説明はしない。

流れ上必要な時にセリフの端に出るぐらい。

(前後がどうなるかはご想像にお任せしますが、たとえばこんなセリフ。

「宇宙にだって怪獣はいるさ。だって、キングギドラって宇宙怪獣だろ」)

ストーリーは、人間側の主な葛藤は、人間同士のいざこざが中心。

それが怪獣出現事件となにかの要素でリンクする。

ゴジラと対戦相手の闘争は人間の思惑とはまったく無関係に展開する。

人類によるなんらかの怪獣撃退作戦を織り込む。しかし、これは決定打にはならず。

対戦相手が初登場の新怪獣ならゴジラに倒されるもありだが、すでにネームバリューのあるスター怪獣なら

ゴジラの勝ちであっても、対戦相手は死んではならない。

ヒットするか否かは、脚本の構成と映像クオリティに依存するので上記のコンセプトを守ればヒットするとは

思いません。

もっと理想を言えば、新怪獣単体の新作を一本つくり、あとでその怪獣をゴジラと対戦させるという

シリーズ構成を望みます。

 

私、ぜんぜん冷静じゃないですよ。

GMKを最初に見たときも、オーチャードホールで「うっ」とか「えっ?」とか「んあ?」とか思わず声を上げ てました。

ただ、どうもインターネット社会という奴は、感情をあらわにする人間に冷たいようで、

激した文章なんか書くと、すぐ小馬鹿にされるんですよ。

意見を読んでもらえなければなにもかも水の泡ですから、必死に感情を押さえております。

まあ、そのせいでいけ好かない奴、と思われていることも事実かも。

(んー、川北監督の方向も嫌いじゃないです。やり過ぎの感もありますが、怪獣を克服不能の「超」生物として 捉えているし、

怪獣バトルにも肉体感覚があるし。そのあたりの考え方は円谷監督から受け継いでいるんじゃないかと思ってま す)

 

>K4さん

それでは、話を前へ進めましょう。

たとえ、GMKゴジラが初代ゴジラを元にして創造されたものだとしても、

それゆえ、ゴジラではないのです。

初代ゴジラを再現しようとしたなら、ゴジラになりうるでしょう。

しかし、初代ゴジラになんらかの解釈を施して新たな怪獣を作ってしまったのではないですか?

初代ゴジラに戦死者の思念を感じるのは、「客の誤読の権利」として認めます。

そんな「鑑賞」をベースにして創造する行為は、ゴジラにヒントを得て別のものに展開することなのです。

どうしてそれをゴジラと認められるのか、まったく理解出来ません。

そもそも、GMKゴジラを見て、ゴジラを「感じられる」感性がわかりません。(立ち居振舞いがぜんぜんゴジ ラじゃないでしょう)

もちろん、これまでの議論でも話題になったように、実際に作られたGMKゴジラはその内実が

初代ゴジラを基本にしているわけでもないですし。

おっしゃる通り、私は金子作品の怪獣に対するアプローチには否定的です。

描きたいストーリーに合致した新怪獣でおやりになったなら、

私もおもしろかったとかつまらなかったというレベルで評価します。

しかし。

ガメラやゴジラといったすでに確立されている怪獣を使って、その怪獣たちが背負っている

コンセプト(観念)、精神を無視した作品作りをすることは、不当だと申し上げます。

(多分、金子さんは日本怪獣映画の特殊性を理解していない。

そのあたりの主張は、国際映画祭以前の書きこみで展開しています。特にNo.17のK4さんの

スレッドに集約されている、か?)

 

>スットメさん

もう少し、みなさんの文章を慎重に読まれてはいかがでしょう。

どうも、ワンセンテンスごとに反応していらっしゃるようにお見受けいたします。

木も見て、森も見ないと・・・。(祝二十郎さんの名フレーズより)

ただ、決定的な食い違いはあるようです。

スットメさんは、たとえスター怪獣であっても死んでいい、

怪獣が人間に克服されても構わない、

怪獣映画において、怪獣が添えものになっても構わない、とお考えなのですよね。

あのー、それって、怪獣が好きなわけではないということですか?

なんか、怪獣映画自体の否定につながる考え方ではないでしょうか。

(いや、いいんですよ。そういう人がいたっていいんです。ただ、まあ、そういう観方で

GMKがおもしろかったと言われちゃうと、やっぱりGMKってダメ怪獣映画だったんだなぁ、

という思いがむくむくと・・)

それと、GMKのストーリーに一貫性があるというのは根拠薄弱じゃないですか?

スットメさんの考え方では、護国神獣というのは添え物であって、人間とゴジラの相克が中心の映画なのですよ ね。

それじゃ、由里の行動が護国聖獣伝記と謎の老人に支配されているのはどういうこと?

映画全体の視点が由里のものなのはどういうこと?

護国神獣をずーっと追ってきたストーリーが、最後には神獣が役に立ったのかどうかも判然としないまま、

武器では倒せぬはずのゴジラが、人間の武器で体に穴があいて自滅とはわけがわからないですよ。

もちろん、私はGMKのコンセプトが嫌いです。

人間にやすやすと倒されてしまうものは真の怪獣じゃありません。

せっかく、人間には克服不能の生物が主役、という世界に類を見ない物語世界を確立したゴジラシリーズを

『キングコング』レベルに退化させてしまったのですよ。

 

あ”ーーーー。

久々に長々と書いてしまった。

仕事がぁぁぁぁぁぁぁ。

(一応、この投稿を一区切りにして、このスレッドとそれ以前のスレッドにはレスをつけず、新たなスレッドを 立ててくださるようお願いします。

以後はこれまで通りということで)